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涙たちの物語11 『旅の軌跡』

102 :暁のひとみ 7:08/04/06 00:44:09 ID:OndLLrqS
 修道院の墓地のかたすみ、日当たりのよい草地に穴を掘る。
 草いきれと湿った土のにおい。手首が入るほどの深さまで掘り
さげ、黒々とした土の上に、ミシェルはしゃがみこんだ。
 ふところに収めてきた布包みをそっと開く。
 中に収められていた赤さびた砂は、さらさらとして、今にも
風に溶けてしまいそうだった。おそらく、ミシェルが防壁の上に
残されたそれをかき集めるまでの間にも、いくらかはこの国の
どこかへと飛んでいってしまったのだろう。
 慎重に布をかたむける。さあっと静かな音がして、砂は穴へと
すべり落ち、黒土をうっすらと赤く染めた。
 土をかぶせてしまうのがためらわれて、しばらくミシェルは
その様を見つめていた。
「何をなさっているんですか?」
 背後からの声に、はっとミシェルは顔を上げた。立ちあがろう
として、声をかけてきた者が、しゃがんだ自分とほぼ変わらない
背丈の持ち主であることに気づく。
 視線が合って、タルタル族の女性がにこりとほほえんだ。その
後ろには、やはりタルタル族の男性が憮然とした顔で立っている。
「ああ、驚かせてしまったようですね。ごめんなさい。怪しい
者じゃありません、ただのお墓参りですから」
「……こちらに、どなたかお知り合いが?」
 思わず、ミシェルは問いかえしていた。この墓地に葬られて
いるのは、エルヴァーンばかりであるはずだ。
「ええ、その……ほんとうに、こちらに葬られているのか
どうかは、わからないのですけど」
 彼ら特有のあどけないおもだちに不釣り合いな微苦笑を
のぼらせ、女性は答えた。まったく、と男の方が悪態をついた。
「閣下をお待たせしてまで寄るところがあると言うから何かと
思えば、おるかおらぬかも知れぬ首長の墓参とはな」
 居丈高な物言いに、思わずミシェルは男の姿を改めた。
緑がかった上質のビロード生地のコートはどうやら軍服である
らしく、その肩口には勲章がかざられている。

103 :暁のひとみ 7:08/04/06 00:45:35 ID:OndLLrqS
「大戦では、ともに戦った仲間でしょうに。あなただって、
カルゴナルゴでは彼らのおかげでよほどの命拾いをしたのだって
聞きましたよ」
 見れば、女性のほうも金糸でこまかな刺繍をほどこされた
魔道士用のクローク姿だった。たしなめる口調に、ふんと
男が鼻を鳴らす。
「そなたの酔狂にはつきあいきれん。先に行っておるからな」
 靴音高く歩きさった背中を見送って、いくぶん悲しげに
女性はほほえんだ。
「……すみません、連れが失礼を」
「いいえ、お気になさらないでください。もしかして、戦で
亡くなった方のお参りにいらしたのですか?」
 ならば、たしかにここにはかつての大戦で命を落とした
軍人たちが数多く眠っているし、慰霊碑もある。
 ええ、と女性はうなずいた。
「私の仲間を何人も、死地から救ってくださった方なんです。
戦地ではぐれたきりになってしまって、その後ずいぶん安否を
尋ねもしたのですが、消息知れずのまま……。あのころは、
どこも混乱していましたからね。あの方がどちらへ葬られたのかも
わからずじまいで。サンドリアへは軍務で来たのですが……」
 わずかに、女性は目を伏せた。
「……せめて、この地で祈りを、と思いまして」

104 :暁のひとみ 7:08/04/06 00:46:37 ID:OndLLrqS
「そうでしたか」
 ミシェルは手もとに目を落とした。
 黒々としていた土は、日ざしに乾いて白く色を変えはじめている。
「ちょうど、大戦で亡くなった方を弔っていたところなんです。
……その方が我が身とも思っておられたのだろう遺品が、ようやく
戦地から戻ってこられたものですから」
「……私も、その方のためにお祈りをしても?」
「ええ、もちろん」
 ミシェルは、おずおずと問いかけてきた女性にうなずいた。
「祈りは、死者にとってなによりの慰めです。あなたが想う
方のところへも、きっと、アルタナ様が届けてくださいますよ」
「そうであればよいのですが」
 女性はわずかにほほえんで、草地に膝をついた。両手で深く
かぶっていたフードを払い落とすと、その髪を結いあげた
花飾りを取って砂の上にのせる。
「……あなたの魂が、どうか、女神のもとで安らかにありますように」


 昼下がりの墓地に、おだやかな風が吹く。
 ほどけた緋色の髪が、陽光を受けてやわらかくかがやいていた。




105 :暁のひとみ :08/04/06 00:50:18 ID:OndLLrqS
すばらしい書き手さまがた、さらにアルタナディスクの出来に
触発され、ようやく一つの文章として完結させることができました。
6を書き込みさせていただいたのが年明け早々でしたから、前回から
だけを見ても3ヶ月ぶりですね……。
ほんとうにだらだらと時間をかけての作となってしまいましたが、もしも
始めより通してご覧になってくださっている方がいらっしゃいましたなら、
心よりのお礼を申し上げたいと思います。

106 :(・ω・):08/04/08 08:06:30 ID:rWCib5gu
キター!

107 :BeniBana:08/04/09 21:05:49 ID:MCr5fBVR
>暁のひとみ
剣となって帰った男の物語。題名となったあのシーンで召された彼に安らぎあれ。
完結おめでとうございます。

いや、戦闘シーンカッコイイですね。負傷と瀕死の描写が良くて、無念さが強く
伝わってきました。

108 :風の往く道 :08/04/18 02:09:09 ID:tNC5S0oQ
Wind Climbing −風の往く道− 3

フィーとパナムは、バルクルム砂丘のただなかにある港町、セルビナで出会ったそうだ。パナムの用事で、コンシュタット高地から入る、グスゲン鉱山を探しているらしい。
「なんでもねえ、そこにある土は、ある種類の陶器を作るのに最適なんだそうですよ。ぼくとしては、学術的興味をそそられるじゃありませんか。で、汽船に飛び乗って、マウラからセルビナにやってきたわけです」
「マウラ?それって……」
ミアは頭の中で、素早く知識のページをめくる。
マウラは、セルビナと対にされる港町の名前だ。確か、ウィンダス連邦のあるミンダルシア大陸にあると聞いている。
「それじゃお二人は、海を渡ってきたんですか?」
「いや、僕はサンドリア出身だよ。パナムとは、セルビナで合流した……というか、引っ張り出されてきた、の方が正しいかもしれない」
フィーがそこで、大きくため息をついた。いらだたしさを隠そうともせずに、がりがりと頭をかく。
「だいたい僕は、ホラの岩近くで修行している修行僧に、風の経典を届けに行くつもりでいたんだ。それがどういうわけか、バルクルムについてしまって。セルビナへは、食糧と水の補給のために立ち寄っただけなのに、どうしてこんなことになったんだか……」
「これは心外な。方向音痴のきみを正しく導くかわりに、ぼくの護衛を引き受けたのはフィー君、きみでしょう?責任転嫁はいけませんよお」
「僕が行きたかったのはラテーヌ高原!ここは、コンシュタット高地!まったくの正反対じゃないかっ!」
「……ようするに、お二人とも方角には自信がないということですか……」

109 :風の往く道 :08/04/18 02:12:20 ID:tNC5S0oQ
すいません、wikiに書くつもりで失敗してしまいました!
ずっと書いていなかったので忘れられてるとは思いますが、
一応アップしてみます・・・お目汚し失礼しましたorz

110 :銀の鎖 :08/04/19 23:19:04 ID:xGAnOuoy

 私が年のはなれた腹違いの妹の存在を知ったのは、流行病で亡くなった
父の遺品を整理していて見つけた、一通の古い恋文からだった。訪ねた
手紙の差出し元には、病みおとろえたエルヴァーンの女性と、あどけない
目をしたこどもが住んでいた。
 その年の冬に女性はこの世を去り、我が家に迎えいれられた幼い彼女は、
これ以上は望めぬほどによくできたこどもだった。家庭教師が舌を巻く早さで
与えられた知識を吸収していく聡明さ。そうしてそれをひけらかすこともなく、
常に控える謙虚さを、私は愛した。
 ……愛していたのだ。

111 :銀の鎖 :08/04/19 23:23:44 ID:xGAnOuoy
「兄さま」
 背中に受けた呼びかけに、登りかけた階段の半ばで、ゆっくりと私は
ふりかえった。
 踊り場から見おろしたホールの中央に立って、娘がこちらを見あげている。
窓からの陽光を受けて、その身にまとう鉄色の鎧の鈍いかがやきが目を刺した。
「もうしわけありません。……やはり、わたしは、彼と行こうと思います」
 澄んだ声が、エントランスホールの高い天井に反響した。
 亡き父と同じあわい銀髪はきっちりと結いあげられ、あらわになったほそい
首ばかりが目立つ。じっとこちらを見あげる娘の視線に、私は口を開いた。
「……いったい、この家の何が不満だと言うのだ」
 吐いた声音は、かすかにしわがれて耳に届いた。ひとつ大きく息を吸い、
私は声に力をこめる。
「おまえに必要なものならば、何であろうと与えてきたつもりだ。…この家の
娘として、最高の教育に、淑女たる立ち振舞い。エセルリーダ、おまえの望む
ように、剣術も、果ては癒しの技さえ学ばせてやったというのに」
「……感謝しています、兄さま」
 返った声音は沈鬱ながらそこに迷いはなく、娘の心変わりはないと知れる。
 私はきつくくちびるを噛んだ。
「そのように口先ばかりありがたがってみせながらおまえは、……どこの
生まれともしれぬヒュームやら、ろくでもない流れ者たちとつきあったあげくに、
冒険者になるなどと。愚かしいにもほどがある」

112 :銀の鎖 :08/04/19 23:24:31 ID:xGAnOuoy
「フェッロを……わたしの仲間たちをそんなふうに言うのは、やめてください」
 しずかにうつむいて、娘はその指を、鎧の襟首へと伸ばす。
 金属のふれ合う澄んだ音がして、その胸もとから、一族の紋章をかたどる
ペンダントが引きだされた。
「お返しします。……わたしは、この家の者ではなくなるのですから」
「その必要はない。すぐにおまえは己の過ちに気づき、ここへ戻ってくることに
なるだろう」
 外したペンダントを手に、一歩こちらへ踏みだした娘に私は背を向けた。
「……庶子のわたしを引き取り、この身には過ぎるほどの教育をくださったその
ご恩も返さず出て行くことを、もうしわけなく思っています」
 私はふり返らなかった。背中の向こうで、娘は悲しい顔をしただろうかと思われた。
「……どうか、お元気で。兄さま」

 重々しく閉まる扉に重なって、ちりん、とペンダントの鳴る音がひとつ。
 がらんどうのホールにひびいて消え失せた。



 どれほど聡明であろうとも、所詮はこの家に庇護されて育まれた、世間知らずの
花に過ぎない。出て行ったとて、頼る者もない場所で、何もできぬ己に気づき、
打ちのめされて今に帰ってくる。
 私はその日を待っていた。
 昨今は、オークの郎党がこの王都近くまでさまよい出ているらしい。親戚筋からも、
新たに騎士として任じられる若者が幾人か出ている。あの娘が望むならば、任官を
許してもよいだろう。
 私は、なじみの鍛冶屋に我が家の紋章を刻んだ盾と騎士剣の仕立てを依頼した。

113 :銀の鎖 :08/04/19 23:25:19 ID:xGAnOuoy

 天気のよい、春の日の午後だった。
 エセルリーダの部屋の壁に掛けた盾が、にぶくその色をくすませてきているのに
気づき、私は眉をひそめた。
 下働きの者に、磨きをかけるよう言いつけておかなければ。
 家令を呼ぼうと回廊へ踏みだしたところで、エントランスから人の話し声が聞こえた。
 客を招いたおぼえはない。
 私は耳を澄ませて、ちりん、と懐かしい銀の音色を聞いた。

 ゆっくりと、一歩ずつ足を進め、エントランスホールに降りる。
「エセルリーダ……?」
 私の呼び声に、扉口に立っていた家令がふりかえる。彼と対峙していたのは、
見知らぬ黒髪のヒュームだった。魔道士風の装束はくたびれ、もとは白かったろう
それが黄ばんで見える。
 眉をひそめ、私はその男の前へと歩み寄った。
 男はおどろいたようにその目を見開くと、ふかぶかと頭を下げた。
「……おひさしぶりです、ローラント卿」
 意外なことばに、私はまじまじと男を眺めた。
 そうして、ようやく思いあたる。サンドリアの正教会で、エセルリーダとともに
白魔法をまなんでいた男だ。そうだ、忘れられるはずもない。この男の旅立ちに
連れだって、あの娘はこの街を出て行ったのだから。
 冷ややかになる口調を隠さず、私は問うた。
「……さすがはヒューム、といったところか。この邸に臆面もなく訪れるとは、
まったく面の皮の厚いことだな。エセルリーダはどうした?」
 男は顔を上げた。沈んだ目が私を見つめ、その引き結ばれていた口もとが開かれる。
「エセルリーダは……」
 かすかにためらう気配の後に。
「……俺は、これを届けにきたんです」
 さしだされた手がにぎった鎖、その先で、銀の紋章がゆれていた。

114 :銀の鎖 :08/04/19 23:26:13 ID:xGAnOuoy
 私はひとつ、ふたつまばたきをした。
「…………そうか」
 差し出されたものの意味する事実が、ゆるやかに胸へ落ちていく。
 指を伸ばした。男の手から、ペンダントを受けとる。
 かるく息を吸い込んだ。
「己の力量もわきまえず、家名を捨てた挙げ句に不名誉な死を遂げるとは。
まったく、愚かな娘だ」
 くるりと背を向ける。
「……待ってください!」
 かまわず、私は歩みを早めた。男の強い声がしたたかに背中を打った。
「エセルは! 彼女は最期まで、騎士の名に恥じないだけの……!」
 私は足を止め、ふり返った。男の戯れ言をさえぎって告げる。
「冒険者の僭称する騎士の名に、いったいどれほどの価値がある」
 男が、かっとそのほおを紅潮させた。
「な……っ」
「それで、あれは何を守ったと? ぬけぬけと私の前に立つ、やくたいも
ない白魔道士の命か」
 視線の先で、男の顔がゆがんだ。握られかけたこぶしが力を失い、やがて
だらりと体の横に垂れる。
 私は、そのさまを感慨もなく見守った。
「我が家の紋章を持ち帰ってくれたことには、礼を言おう。……用件はそれだけか?」

115 :銀の鎖 :08/04/19 23:26:51 ID:xGAnOuoy
 私は、うなだれたままの男を置いてホールの階段を上った。そのまま娘の部屋
へと足を向けた。
 中に入って、ゆっくりと後ろ手に扉を閉ざす。娘の出て行った日そのままにして
ある部屋は、やわらかな春の日ざしに満ちていた。
 その光の一片を受け、鈍くかがやく盾に手を伸ばす。両の手でかかえて、卓の上
へと降ろした。
 くすんだ銀の表面を、じっと見つめる。

「……愚かな、娘だ」

 おおきな目をしたこども。
 年を重ねるに従って、そのひとみはあどけなさを失って、沈んだ色を深めていった。
 この場所で、おまえは不幸せだったのか。
 そんなことを考えようともしなかった私こそが、おまえの命数を縮めたのか。
 この国の外で、幸せを取り戻せるだけの時を、生きたのか。
 どれほど答えを請おうとも、問いかけに答えるべき者はもはやいないのだ。

 指から、するりと銀の鎖がすり抜ける。
 がらんどうの部屋の、床の上。転がったペンダントが、ちりんと澄んだ悲鳴を上げた。




116 :銀の鎖 :08/04/19 23:27:50 ID:xGAnOuoy
「背中合わせの明日」「暁のひとみ」の二作で書かせていただいたメンバーの、
次の物語とのつなぎ、ということで。
出てきた二人の名前にご記憶のある方がいらっしゃるかどうか。「暁」のなかで
ちらっと登場していた、ミシェルの従兄妹たちです。
次、こちらにお邪魔できるのがどれくらい後になるかはわかりませんが、
自分のなかにあふれる物語を最後まで書ききるべく、筆を進めています。
カンパニエ待ちの間とか。
……遅筆になる一番の原因は、やっぱりヴァナな気がしますね。

>Benibanaの作者様
息もつかせぬ迫力ある戦闘を書かれる方にカッコイイと言っていただけると、
嬉しいやら恥ずかしいやらで……!
格好良さでも物語の読み応えでも他の追随を許さない、Benibanaの続きを
一読者として心よりお待ちしています。
ニコニコ動画の曲、聞いてみました。確かにイメージが重なりますね。
曲自体もとても綺麗で。BGM用にマイリスト追加しました!

>風の往く道
Wikiにて拝読しました。
うわあ、すごく、懐かしい…! でか羊に踏みつぶされたり、おっかなびっくり
グスゲンに潜ったり、何をやっても新鮮だった頃の空気を久しぶりに吸いました。
忘れられた鉱山での冒険譚、楽しみにしております。

117 :(・ω・):08/04/21 12:35:59 ID:pwHLfqYu
あれ?書き込めてないや。

>>銀の鎖
出だしだけでかなり引き込まれました。
うp期待してます!

118 :(・ω・):08/04/30 03:37:32 ID:6konsgs2
wikiの「流行り神inFF」のトップページが、
ワナっぽいブログの宣伝に書き換えられたあと、まるごと
削除されてしまいました。
暫定でトップページを作りましたが、元の版にもどせる方が
いたら、復活させてもらえればと思います。

119 :GoVD:08/05/02 14:59:57 ID:XSYny4/Y
Gangs of Vana 'Diel @ 涙たちの物語 on Wiki

Episode16 "歌え、喜びの歌" 後編

うpしますた

前編から1ヶ月以上もたってしまった。。。
前編が重暗風味でしたが、後編はすこし明るさを増しています。
よければご賞味下さい。

120 :BeniBana.5『回廊』:08/05/05 11:18:05 ID:5GPEk3UJ
 過ぎ去りし熱を集め、老いた騎士は剣を取る。
 何も迷うことなく、懐かしき戦場(いくさば)へ。
 愛しき子の撫でた頭のぬくもりを、その手に宿して。
 彼らの前に立ちふさがるは、心無くしたかつての戦友(とも)
 懐かしい顔触れに、挨拶をするように剣を交わした。
 懐かしき戦場に、過ぎ去ったはずの熱が戻る。
 時代の波に飲み込まれた者よ、はかなく散る者よ。
 物言えぬ彼らの矜持を誰が酌み取るのだろう。
 誇りのために名誉を捨て去った者よ、名も無き騎士よ。
 悔いも望みも飲み込んだ者達の誓いを、我が詠い続けよう。
 力尽き、冷たい石畳に倒れなお、満足だと笑う貴方達の高潔を。
 一振りの刃に込められた涙と悲しみを、たとえ神であろうとも嗤わせはしない。

 だけど、だけれども、それでも私は−−−−−−−−−



 −−−ごめんなさい。





121 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:18:57 ID:5GPEk3UJ
 「誕生日おめでとう、ベルナデット」
 「おめでとう!」「おめでとうぅ!!」
 たくさん居るお父さん達が思い思いのプレゼントをくれる。普通は一人しかいないお父さんが、自分にはたくさん居る。これがすごいことだと思うのは、こんな日だった。
 お祝いには、お父さん達の息子達、お兄さんや弟達もやってくる。小さな弟達は元気いっぱいに走り回ったり、用意された料理を食べている。ドミニク兄様を始めとする兄達は、小さな弟たちの世話をしていた。
 でも、まだそろっていない。一番来て欲しい兄がまだ来ていない。
 お父さん達は、弟達よりも元気いっぱいだ。私が誰のプレゼントで一番喜んだかで言い合っている。そのうちにケンカになってしまった。私がおろおろしていると、たった一人の小さな母様が来て、お父さん達をけっ飛ばして鎮圧してしまった。
 「ベルが困ってるじゃないか! 困ったオヤジ共だねっ!!」
 折り重なって倒れたお父さん達は、楽しそうに豪快にガハハと笑っていた。
 そうこうしていると、外からチョコボの鳴き声がした。ドアを開けて入ってきたのは、騎士になった一番上の兄だ。仕事が終わってすぐにチョコボで駆けて来てくれたのだろう。髪が風で乱れていた。
 「おそくなった、おめでとう」
 そう言って差し出されたのは、吟遊詩人がよくかぶっているかわいいチョコボの羽をあしらった帽子だった。礼を言って受け取る。早速被ってみるが・・・・被る前からわかっていたが、明らかに大きすぎた。
 「なにやってんだい、ダレン坊や。どう見たって大きすぎるじゃないか」
 ダレンは乱れた髪を手櫛でとかしながら笑った。
 「ベルの希望通りですよ。大きくても良いから、大人用の本物がほしいとね」
 頭が半分は隠れそうな羽帽子をかぶって、私は椅子の上に立つ。みんなにお礼を言って、ずっと練習してきた歌を唄った。まるで本物の吟遊詩人に成ったみたい。

 「私、大きくなったら吟遊詩人になるね! そうして、お父さん達の騎士の詩を詠うのっ!」

 お父さん達は感動して泣き出して(だいぶ酔っていた)
 お母さんは散らかった食卓を片づけながら微笑んで
 弟たちははしゃぎ回り
 兄たちは笑って手拍子をくれる。

 そんな、思い出の欠片。


122 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:20:36 ID:5GPEk3UJ
すいません、書き込み調整をするのを忘れてました。
もう一度、あげなおします。

123 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:21:15 ID:5GPEk3UJ
 過ぎ去りし熱を集め、老いた騎士は剣を取る。
 何も迷うことなく、懐かしき戦場(いくさば)へ。
 愛しき子の撫でた頭のぬくもりを、その手に宿して。
 彼らの前に立ちふさがるは、心無くしたかつての戦友(とも)
 懐かしい顔触れに、挨拶をするように剣を交わした。
 懐かしき戦場に、過ぎ去ったはずの熱が戻る。
 時代の波に飲み込まれた者よ、はかなく散る者よ。
 物言えぬ彼らの矜持を誰が酌み取るのだろう。
 誇りのために名誉を捨て去った者よ、名も無き騎士よ。
 悔いも望みも飲み込んだ者達の誓いを、我が詠い続けよう。
 力尽き、冷たい石畳に倒れなお、満足だと笑う貴方達の高潔を。
 一振りの刃に込められた涙と悲しみを、たとえ神であろうとも嗤わせはしない。

 だけど、だけれども、それでも私は−−−−−−−−−



 −−−ごめんなさい。




124 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:24:23 ID:5GPEk3UJ
 「誕生日おめでとう、ベルナデット」
 「おめでとう!」「おめでとうぅ!!」
 たくさん居るお父さん達が思い思いのプレゼントをくれる。普通は一人しか
いないお父さんが、自分にはたくさん居る。これがすごいことだと思うのは、
こんな日だった。
 お祝いには、お父さん達の息子達、お兄さんや弟達もやってくる。小さな弟
達は元気いっぱいに走り回ったり、用意された料理を食べている。ドミニク兄
様を始めとする兄達は、小さな弟たちの世話をしていた。
 でも、まだそろっていない。一番来て欲しい兄がまだ来ていない。
 お父さん達は、弟達よりも元気いっぱいだ。私が誰のプレゼントで一番喜ん
だかで言い合っている。そのうちにケンカになってしまった。私がおろおろし
ていると、たった一人の小さな母様が来て、お父さん達をけっ飛ばして鎮圧し
てしまった。
 「ベルが困ってるじゃないか! 困ったオヤジ共だねっ!!」
 折り重なって倒れたお父さん達は、楽しそうに豪快にガハハと笑っていた。
 そうこうしていると、外からチョコボの鳴き声がした。ドアを開けて入って
きたのは、騎士になった一番上の兄だ。仕事が終わってすぐにチョコボで駆け
て来てくれたのだろう。髪が風で乱れていた。
 「おそくなった、おめでとう」
 そう言って差し出されたのは、吟遊詩人がよくかぶっているかわいいチョコ
ボの羽をあしらった帽子だった。礼を言って受け取る。早速被ってみるが・・
・・被る前からわかっていたが、明らかに大きすぎた。
 「なにやってんだい、ダレン坊や。どう見たって大きすぎるじゃないか」
 ダレンは乱れた髪を手櫛でとかしながら笑った。
 「ベルの希望通りですよ。大きくても良いから、大人用の本物がほしいとね」
 頭が半分は隠れそうな羽帽子をかぶって、私は椅子の上に立つ。みんなにお
礼を言って、ずっと練習してきた歌を唄った。まるで本物の吟遊詩人に成った
みたい。

 「私、大きくなったら吟遊詩人になるね! そうして、お父さん達の騎士の
詩を詠うのっ!」


125 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:24:43 ID:5GPEk3UJ
 お父さん達は感動して泣き出して(だいぶ酔っていた)
 お母さんは散らかった食卓を片づけながら微笑んで
 弟たちははしゃぎ回り
 兄たちは笑って手拍子をくれる。

 そんな、思い出の欠片。

126 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:27:30 ID:5GPEk3UJ
 久しぶりに帰った自分の屋敷。その執務室の応接用ソファーで、ダレンは窓
からの光を遮る弟の背を睨み付けていた。身動きは出来ない。彼の首筋には、
よく知った顔の従騎士四人の剣が突きつけられている。彼らの実力はよく知っ
ていた。この状況で動けば即座に首が落ちる。
 「・・・・今、なんと言った、ドミニク?」
 「バレスター家の家督を簒奪しますと言ったのです、兄上」
 四歳年下の弟はそう言って振り向いた。癖の無いまっすぐな髪をきっちりと
切りそろえ、整った容貌に皮肉気な表情を浮かべる彼は、兄であるダレンとは
あまり似ていなかった。
 「こんな非常時に、お前は何を言っているっ!!」
 「非常時・・・・やはりボナール将軍の件で帰って来たのですね」
 「無論だ。ボナール将軍が反乱などと、しかもダミアンやキリリさんを始め
とする、我が領内の回廊騎士達がそれに呼応したなどっ! そのような戯言!!」
 「事実です」
 「ドミニク!?」
 「彼らは・・・・姿を消しました。自分たちの武器防具と、人数分の糧食を
持ってね」
 絶句するダレンに、ドミニクは用意していた台詞を読み上げるように、淡々
と告げる。
 「領民の反乱行動を見過ごしたとあっては、領主である我が家への責任追及
は免れません。そこで兄上には当主をやめて頂き家督を僕に譲って頂きます。
陛下や諸侯への弁明も僕が行いましょう」
 「ふざけるなっ!!」
 窓のガラスが震えるほどの大音声でダレンが怒鳴り立ち上がる。従騎士達の
剣もまるで無視し、ドミニクを見据える。
 「反乱だと? 責任だと!? 弁明だと!!? あのダミアン達、回廊騎士
が、あの誇り高き男達が! 王都で言われているような戯言の為に反乱を起こ
すなど、ありえるものかっ!!」
 ダレンは自分に剣を向ける従騎士達に目を向けた。二十歳を過ぎたばかりで
あろう彼らは皆、回廊騎士の子供達だった。


127 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:30:07 ID:5GPEk3UJ
 「お前達の父親達は真の騎士だ。誰がなんと言おうと、某(それがし)は彼
らの名誉を称え、彼らの誇りを信じている」
 「・・・・・ダレン様・・・・」
 従騎士達は剣を下ろした。
 「ありがとうございます。・・・・私達も信じています。父達の行動には言
えぬ理由があるのだと」
 彼らはダレンに頭を下げた。涙を拭う者もいた。彼らの父親達は、家族にも
理由を告げず旅立っていったのだ。後を頼む。それだけを育った息子に言い残
して。
 ダレンは彼らに頷き、そして一歩踏み出した。眼前のドミニクは微塵も表情
を動かさず、兄を見据えていた。
 「気楽だな、兄上」
 「なんだと・・・?」
 ドミニクはダレンを指さし、吼える。
 「ああ、そうだ、僕はずっと前から思っていた。貴方の生き方は気楽だ。自
分の信じる名誉を謳い、誇りの為だけに剣を振るう。それで死んだら本懐であ
る、か? ふざけるな? 貴方こそふざけるなっ!!」
 久しく聞いたことの無かったドミニクの怒号にダレンの足が止まる。
 「貴方は騎士である前に、バレスター家の当主であり、領民を統べる者なの
だ! だが、貴方は領地の実務を僕に預け、領外で剣を振るばかり。あげく、
今の我が家の立場も理解せず、反逆者を擁護する発言をするとはっ!!」
 ダレンは懐かしい想いに囚われていた。常に冷静、淡々と物事すすめ、弟は
感情を表に出すことをしなくなっていた。だが、昔はそうではなかった。弟は
負けん気が強く、よく兄弟げんかもしたものだ。四つも歳が違っては相手にな
るわけもないのだが、それでも彼は退くことを知らなかった。
 その彼が感情を表に出さなくなったのはいつからだった・・・・? 武芸に
しか興味がない自分の代わりに、父を手伝い領内の実務を行うようになってか
らではなかったか?


128 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:32:00 ID:5GPEk3UJ
 ドミニクは指さした人差し指を収め拳を握る。高ぶった感情を抑えるように。
 「・・・いいですか? 今、我が家は窮地に陥っていると言って良いのです。
反旗を翻したのは、かつての回廊騎士達のみであり、我が家は与していない事
を内外に示さなければならないのです。開拓民たる領民達の努力により、我が
所領は20年かけてようやく豊かと言えるほどになりました。領地の経済が豊
かになれば、それは領主の力となります。しかし、出る杭は打たれる。今回の
件は、我が家を攻撃する絶好の口実となるのです」
 ダレンは反論できなかった。感情は納得出来はしない。だが、彼も長くサン
ドリア貴族として生きてきたのだ。ドミニクの領内の実務を担う者としての言
葉も十分に理解できた。それに、ダレンはずっと負い目に思っていたのだ。当
主としての実務を全てドミニクに任せて、剣を振るう事に明け暮れていた事を。
 ・・・・だが、だがそれでも、認めるわけにはいかなかった。
 「だめだ、ドミニク。それでも家督をお前に譲るわけにはいかぬ」
 自分に理が無いことを承知で、ダレンは首を振る。意地を張った物言いに、
ドミニクは苦笑した。
 「そうですか・・・・やはり、始めに言ったとおり簒奪するしかありません
か・・・・・お前達」
 「はっ」
 再び従騎士達が動く。突き出された刃の檻がダレンを捕らえた。
 「くっ・・・・ドミニク!」
 苦みの混じったダレンの声。ドミニクは苦笑のまま言った。
 「ところで兄上・・・・・聞いて欲しいことがあります。実は先日、僕はあ
る女性に求婚しました。そして玉砕しました」
 「なにっ!? ベルにか?」
 「私もしました」「自分もです」「俺も」「・・・はは、私もです」
 「お前達もか!?」


129 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:34:02 ID:5GPEk3UJ
 ベルナデットは孤児である。父親はなく、母親は身重の身で開拓民としてバ
レスター領に流れ着き、彼女を生んで死んだ。
 生まれた幼子はそれ以来、回廊騎士達全員が父親代わりとなって育ててきた
のだ。
 幼子は騎士の荒々しい腕の中でもすくすくと美しく育ち、騎士達の戦話を子
守歌に育ったためか、戦場で騎士を鼓舞する歌い手、呪歌を操る吟遊詩人とな
ったのだった。
 「バレスター領で、彼女に恋をしない若い騎士は居ないと言うことです。騎
士の心を誰よりも理解してくれる・・・・皆、彼女に認められる騎士になりた
いと励んできたのですからね」
 ドミニクの言葉に従騎士達も頷く。そこで、はた、とダレンは気が付いた。
そう言えばベルナデットの姿を見ていない。いつもならば、戻ればすぐに会い
に来ていたのに。
 「そうだ、ベルはどうしている? 父親達が居なくなったのだ。塞ぎ込んで
しまっているのか?」
 「彼女は回廊騎士達に同行したと思われます」
 「なんだとっ!? ばかな、なぜ行かせたっ!? なぜ追って連れ戻さない!?
 ベルを反逆者にするつもりか!!」
 ドミニクと従騎士達は大きくため息を吐いた。
 「それは僕たちの役目ではありません。・・・・貴方の役目だ、兄上」
 ドミニクはダレンに背を向けた。
 「兄上はもはや男爵ではなくなる。意地を張る必要はもうありません。ベル
は兄上にお願いします」
 ベルナデットは平民である。男爵の妻に成ることは難しい。だが、男爵家の
者でもただの騎士ならば、たいした問題にはならない。ダレンが意地を張った
のは、ドミニクの想いがわかっていたからだ。そして、その想い散った今、ド
ミニクはダレンから枷を外そうとしている。


130 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:35:55 ID:5GPEk3UJ
 「ボナール将軍追撃の勅命は緋盾騎士団に下されたそうです。兄上は彼らと
戦を共にしたことがありましたね。なんとしても追撃隊に合流してください。
男爵家の当主を降りた兄上が追撃隊に加わることで、我が家の責任の取り方を
示すことが出来ます」
 ドミニクはゆっくりと歩を進める。始めに立っていた窓辺に再び佇んだ。
 「そして、見届けてきてください。回廊騎士達の矜持の証を。僕とて、彼ら
があんな理由で反逆などするわけがないと知っています。だが、事実彼らは反
逆した。ならば、そうしなければならない理由があるはずです。それを見届け
るのは、彼らの娘であるベルナデット・・・・そして、最も彼らの魂を受け継
いだ騎士がふさわしい」
 ダレンはドミニクの背に詰まった声を投げる。
 「・・・・それが、某だと言うのか」
 彼を取り囲む従騎士達が答える。
 「ベルナデットは、毎朝、旅先のダレン様の無事を女神に祈っていました」
 ダレンを拘束していた剣が一つ下げられる。
 「彼女は、黒騎兵の武名を称える歌をよく歌っていました」
 また一つ。
 「その歌を謡う彼女はとても誇らしげで」
 また一つ。
 「すこしばかり切なそうでした」
 最後の剣も下げられ、刃の檻は消え失せる。
 「回廊騎士の心を愛した彼女が愛する騎士こそが、回廊騎士を継ぐ者」
 そう言って、回廊騎士の息子達は剣を置き跪いた。
 ダレンはその光景に打ち震えた。託された物は誇らしい。だがその重みに目
眩がしそうになる。


131 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:36:58 ID:5GPEk3UJ
 ドミニクはゆっくりと振り向く。
 「兄上、先ほどはああ言いましたが、バレスター家の本質は武人だ。自分の
信じる名誉を謳い、誇りの為だけに剣を振るう。それで死んだら本懐。武功を
立てて領地を持つ貴族に成りましたが、それは変わらない。変えてはいけない」
 ダレンはドミニクの目を見た。喜びと苦渋がない交ぜになった視線と、穏や
かにすでに覚悟を決めた視線が交差する
 やがて、ダレンもまた、覚悟を決めた。
 (・・・・すまぬ、弟よ。お前に面倒ばかりを押しつけて、某は駆けさせて
もらう)
 (いいんだよ、兄上)
 ダレンはゆっくりと膝を折り、ドミニクの前に跪いた。
 「その命に従おう。ドミニク・バレスター男爵」
 ドミニクは頷いた。

 「駆けるが良い。バレスターの回廊騎士よ」





132 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:39:00 ID:5GPEk3UJ
 時代はすでに新たな世代の物だ。
 我らが魂を燃やし、得た熱もすでに冷めた。
 だが、だからこそ今、我らが立たねばならない。
 我らが仕えた王を、王と共に眠る戦友の高潔を! 踏みにじる事を許すわけ
にはいかぬ!!
 我らは過去の時代を引きずった反逆者として、人々に記憶されるだろう。だ
がそれでも! あの戦いを生き残った者として、護るべき矜持がある。
 魂の燃えかすをかき分けよ! ここに集った我らならば、あるはずだ。くす
ぶり続けてきた熱が、あの日々の残滓が!!
 もう一度、火を起こそう。もう一度我らの芯鉄に火を入れよう。我らの刃は
綻びても、今だその芯まで折れてはいないのだから。
 ・・・・さあ、行こうか諸君。回廊騎士の本分を果たすために、王の元へ。


 ボナール将軍の言葉に回廊騎士達は剣を掲げ、鬨の声を上げた。その光景を
ベルナデットは瞳に焼き付けた。
 もうすぐ、悲しい戦が始まる。騎士達のほとんどは生きて戻ることは無いだ
ろう。だがそれでも、ベルナデットには止めることは出来なかった。彼ら回廊
騎士が、彼女の父達が、剣を置いても錆びさせることが無かったのは、この時
の為なのだ。
 生き残った者として、敗者の矜持を護るために。物言えぬ死者達が不当に扱
われることに無いように。回廊騎士達はそう誓い、剣を磨いてきたのだから。
 「ベル」
 いつの間にか伏せてしまっていた顔を上げる。
 「ダミアン父さん・・・」
 ベルナデットは微笑んだ。それは相当無理をした微笑み。対照的にダミアン
はにっかりと笑った。


133 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:41:28 ID:5GPEk3UJ
 「ほれ、こいつを纏いな」
 ダミアンが手に持っていた布をベルナデットに掛けるように翻す。それは少
し古い外套だった。
 「これはエクスワイヤマントだ。俺が従騎士の頃に先輩の騎士からもらった
物さ。聖なる加護を増幅する力がある。・・・・息子に譲ろうかと思ったんだ
が、あいつには守り刀をやったからな」
 「ダミアン父さん・・・・・・」
 肩に掛かる外套の重みに、肩をすくめて歯を食いしばる。
 (駄目だ、泣いちゃ駄目だ。辛気くさい涙は戦いの神様を遠ざけてしまう・・・)
 だが、それは無理だった。ベルナデットは外套を頭から被り、ダミアンの胸
に額を押しつけた。
 「ごめん・・・・ごめんね、父さん。笑えない・・・・笑ってあげられない
よ・・・」
 頭の上に大きな手の感触。
 「良いんだ・・・ベルの笑顔なら、お前が生まれてから十八年・・・ずっと
見てきたんだからよ」
 大きな手の感触が無くなり、また別の手が頭を撫でた。
 「楽しかったな」「幸せだったよ」「なぁに、いつでも側にいるさ」「これ
までも、これからも」「だから、今だけは」「行ってくる」
 頭の上を父達の手が通り過ぎていく。外套は内側から暖かく濡れていった。
 最後に、小さな母親の声がする。
 「ベル・・・・辛かったら良いんだよ。ここでに居ても」
 「ううん・・・大丈夫よ、キリリ母様」
 ベルナデットは外套から顔を出した。真っ赤に染まった目だったが、もう涙
は無い。外套をきちんと纏い、鞄からすこし古びた羽帽子を取り出し被る。す
こしサイズが合わないのか、収まりの悪い髪がはみ出していた。
 「私が、回廊騎士の最後の戦いを見届けて、詠い継ぐの。私にしか出来ない
ことなんだから。・・・・・・ねぇ、キリリ母様」
 「なんだい?」
 「ありがとう・・・・わがままを聞いてくれて」
 キリリはやれやれと首を振った。


134 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:42:45 ID:5GPEk3UJ
 (あんたのわがままを聞くのも、これが最後かもしれないしねぇ)
 そんなことを思いつつ、キリリはベルナデットのポケットを指さす。
 「約束は守るんだよ。ちゃんと呪符は持ってるかい?」
 ベルナデットはポケットを上から押さえて頷いた。中にはキリリが用意した
特別製のデジョンの呪符が入っている。
 「うん、わかってる。危なくなったら、呪符で逃げるから」
 「まぁ、あんたが迷っても、あたしが強制的に発動させるけれどね。その為
の特別製だからね」
 指定された人物が呪文を唱えるだけで、所持者を指定された場所へ飛ばすよ
うに調整された呪符だ。これを持つことを条件に、回廊騎士達はベルナデット
の同行を許したのだ。
 「母様」
 「ん?」
 「私、ちゃんと見届けるから・・・・」
 「ああ・・・。無理するんじゃないよ」





135 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:44:37 ID:5GPEk3UJ

 −−−−−過ぎ去りし熱を集め、老いた騎士は剣を取る。
 −−−−−何も迷うことなく、懐かしき戦場(いくさば)へ。
 −−−−−愛しき子の撫でた頭のぬくもりを、その手に宿して。

 第一層の広間を突破する。ダミアンの剣が立ちふさがる亡霊騎士を斬り伏せ
る。先鋒の騎士達が群がる敵を盾を掲げ押しのけた。開けた道を縫って、ボナ
ール将軍率いる本隊が第二層への階段へ躍り込んだ。
 攻守逆転。今度はダミアン達先鋒が階段を護り、本体の後方を支える。
 「ダミアン父さんっ!」
 階段の中程でベルナデットは振り仰ぐ。ダミアンは振り返ることなく、剣を
持つ手の親指だけを立てて見せた。
 「武運をっ!」
 そうして、もはや振り返ることはなく、ベルナデットは階段を駆け下りて行
った。
 ダミアンは周りを見渡して笑った。
 「見知った顔もチラホラ居るな。先に逝ったお前らがこんなところでなにし
てやがる」
 彼は剣を振り上げ、真っ正面にゆっくりと振り下ろす。視線と切っ先を一つ
にした。
 「あんまり俺らが遅いから、迎えに来やがったのか? 仕方ねぇ奴らだ・・
・・。土産話はたっぷりある。今からゆっくり語り合うとしようぜっ!」
 ダミアンは気勢に乗せて一歩を踏み出した。後方の同胞達に向かって叫ぶ。
 「おうっ! てめぇらっ!! 今度こそ此処が命の使いどころだ! 華々し
く行くぞっ!!!」
 回廊騎士達も同時に一歩踏み出した。剣を掲げ振り下ろし、
 「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 戦いの開始を告げた。




136 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:47:17 ID:5GPEk3UJ

 −−−−−彼らの前に立ちふさがるは、心無くしたかつての戦友(とも)
 −−−−−懐かしい顔触れに、挨拶をするように剣を交わした。
 −−−−−懐かしき戦場に、過ぎ去ったはずの熱が戻る。

 第二層、広間へと至る通路にも亡霊騎士が待ちかまえていた。回廊騎士達は
その身を削り取りながらも突き進む。
 助け起こそうとしたベルナデットの手を、その騎士は振り払った。彼は負傷
した足を庇いながら立ち上がる。
 「構わずに行きなさい、ベルナデット。この足ではもはや足手まとい。私は
ここでかつての仲間と昔話に興じよう」
 亡霊騎士達は待ちかまえるばかりではなかった。どこから回り込んでいるの
か、後背から現れることもあった。
 「昔話に夢中になりすぎたら、ダミアン父さん達に追いつかれるよ」
 手を引きそう笑うベルナデットに彼は微笑んだ。
 「そうなったら、昔話をする人数が増えるだけだな」
 そんな軽口を叩いて、笑って分かれた。走り去っていくベルナデットの背に
騎士は呟く。
 「私は妻も子も得ることはなかったから、君だけがただ一人の娘だ。
・・・・君にはずいぶんと救われたよ。・・・・生きなさい。生きて幸せにお
なりなさい」
 彼は壁にもたれかかり咳き込んだ。鉄錆の味が広がる。その思考は記憶を巡
り過去を思う。彼が死に損ねた戦争で散っていった人を思う。
 −−−笑顔が愛らしい女騎士だった。

 ばーか、このちびの後輩が。あたしは渋いおじさまが好みなのよ。

 ・・・・近づいてくる足音に彼は壁から離れた。呼吸を整え剣を握り直す。
 それは運命の残酷さなのか。それともゆがんだ慈悲なのか。
 暗がりから現れたその亡霊騎士に、彼は目を見開き、泣き笑いの様な表情で、
震える声を絞り出す。
 「・・・・もうずいぶん僕の方が年上に成ってしまいましたね。どうです?
 貴方好みのおじさまに成れたでしょうか?」



 −−−−−時代の波に飲み込まれた者よ、はかなく散る者よ。
 −−−−−物言えぬ彼らの矜持を誰が酌み取るのだろう。


137 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:49:21 ID:5GPEk3UJ
 第二層、広間への扉が開かれる。すでに半数以下に人数を減らした回廊騎士
達がなだれ込んだ。対するのは、彼らの倍以上の亡霊騎士、そして−−−

 −−−・・・あの子の言ったとおり現れましたか、イヴォン・ボナール−−−

 広間の中心に立つ黒いローブだった。目深にフードを被り、ゆったりとした
ローブのおかげでまるで何者かわからない。それが発する言葉もまた、声では
なく、まるで意識に直接語りかけるようなものだった。
 「・・・・貴様が、私の輩(ともがら)を操る元凶だな」
 イヴォンは黒ローブに剣を向けた。
 「なぜ、とは問わない。輩の安息を妨げた罪ごと、ここで斬り捨て終わりと
する」
 回廊騎士達が身構える。彼らの殺気を全身に受け止めても、黒ローブは身じ
ろぎもせず答えた。
 −−−元凶・・・・ふふっ、そうかもしれません。しかし、私もほかの者と
変わりません。この身を滅ぼしても騎士達は止まらない。私は王の名代。彼ら
を動かしているのは王命なのだから−−−
 「貴様が皆を蘇らせ、操っているのではないのか?」
 −−−いいえ。私はただ、最初に蘇っただけ。我ら亡霊騎士を止めたければ、
ここを突破して最深部の陛下を倒すしかありません−−−
 イヴォンは剣を下ろし、頷いた。
 「ならばそうしよう。かつての臣下として陛下に拝謁しお止めする」
 −−−かつての臣下ですか・・・貴方は新たに忠誠を捧げる相手を見つけた
のですね。・・・・ランペール王やグランテュール王は囚縛将軍などと呼ばれ
ても仕えるに値する王ですか?−−−
 イヴォンは首を振った。
 「私はランペール王の騎士になったつもりはない。私の忠誠は、今でもギョ
ホンベール王に捧げている。それ故の囚縛将軍の名だ。私が望んだ咎の名だ」
 黒ローブの声が苛立ちに揺らぐ。


138 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:51:42 ID:5GPEk3UJ
 −−−・・・・戯れ言を。貴方が今でも父上に忠誠を捧げていると言うのな
ら、どうしてあの時、ナフィベール兄様の蜂起に力を貸してくれなかったので
す!−−−
 黒ローブはそう叫ぶと、そのローブを脱ぎ捨てた。現れたのは漆黒の質素な
ドレスに身を包んだ女性。漆黒の髪に漆黒の瞳でこちらを見据えるその姿に、
イヴォンは息をのんだ。
 「マルグリット王女殿下・・・・・」
 回廊騎士達からもうめき声が上がった。
 マルグリット王女。ギョホンベール王の娘であり、『黒曜石の歌姫』として
名高い悲運の姫である。彼女の歌声は戦場で騎士達を大きく勇気づけ、王女の
歌声で形勢が逆転した戦場も多くあった。
 しかし、二王会戦では彼女の奮戦も空しく敗北し、その翌年に起こった、ギョ
ホンベール王の遺児ナフィベール王子が起こしたノルバレン独立蜂起(三月王
国事件)に参加。裏にはバストゥークの支援があったとされるこの蜂起は、
『ラストドラグーン』エルパラシオンと、ヴォルダイン・ミスタル伯爵によっ
て三ヶ月で鎮圧された。マルグリット王女はその際に追いつめられ、最後の歌
を唄った後、自刃したとされている。
 「王女殿下・・・・貴方だったのか」
 −−−意外でしたか? そうでしょうね。私とてこのように現世に蘇り、も
う一度騎士達を率いることがあるとは思いませんでした−−−
 そう言いながら、王女は取り出した楽器を口元へ運ぶ。その楽器は角笛。常
に戦場の始まりを告げる雄羊の鳴き声。
 −−−しかし、今一度、望まれて蘇ったならば、私は私の望むところを行い
ましょう。王を僭称する者共、そして私達を利用したバストゥークの災いとな
らん−−−
 角笛の音を聞いてイヴォンは叫んだ。
 「来るぞっ! 密集陣形! 受け止めろっ!!!!!」

 −−−無敵の進軍マーチ−−−

 角笛の旋律に乗り、亡霊騎士が雪崩れうって襲いかかってくる。呪歌の加護
を受けた彼らの攻撃は速く、回廊騎士達も必死に応戦するが、囲まれ次第に削
られていく。
 襲い来る亡霊騎士を斬り捨てながら、イヴォンは吼えた。


139 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:53:46 ID:5GPEk3UJ
 「マルグリット王女! 私達は、東サンドリアは負けたのだ! なぜ認めら
れない。死してなお、それだけの恨みを・・・・・なぜっ!?」
 王女はイヴォンを指さした。
 −−−ならば、なぜ貴方は今も騎士であることにしがみついているのです?−−−
 王女は回廊騎士達を見渡した。
 −−−あれから二十年も経っているのに、なぜ貴方達は戦場へ戻ってきたの
ですか−−−
 王女は拳を握り掲げた。
 −−−忘れられなかったのでしょう? あの時見た夢を、あの時抱いた望み
を、あの時描いた未来を。悔いていたのでしょう? それを満たしてくれる戦
場で死ねなかったことを。そして、求めていたのでしょう? それに殉じるこ
とが出来る死に場所を!−−−
 (っ!?)
 イヴォンは言葉に詰まってしまった。
 −−−だから与えてあげましょう。・・・死ぬが良い。亡霊騎士として王に
頭を垂れなさい。そして私達と共に、永遠に戦い続ければいい。甘い夢の中で
災厄となるのです−−−
 王女が角笛を掲げる。
 「まてっ!」
 イヴォンの制止を無視し、王女はさらなる呪歌を奏でる。

 −−−栄光の凱旋マーチ−−−

 回廊騎士達が身構える。さらに強固に陣形を組み、四方から襲い来るだろう
亡霊騎士を待ち受ける。だが・・・・一時の静寂が戦場を支配した。
 −−−・・・・どうして? なぜ動かないのです!?−−−
 亡霊騎士達は動かない。剣を構えてはいるものの、何かに怯んだように動き
かねている。その視線の先は回廊騎士達の陣形の中心に向けられていた。


140 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:55:42 ID:5GPEk3UJ
 回廊騎士達は背後からの熱い光に驚いていた。この神聖な気配には覚えがあ
る。ナイトが使うアンデットを退ける『ホーリーサークル』の加護だ。だが、
この圧倒的な圧力はなんだ? これほどの加護を発動できる者が居たのか?

 「ふざけないで・・・」

 陣形の中心にいた彼女は、騎士達の間を抜けて前に出た。光を従え、黒き王
女を見据える。彼女が纏う『エクスワイヤマント』が自身が発する波動にはた
めいている。その裏地にはびっしりと神聖文字が浮かび上がっていた。
 ダミアンが受け継いできたマントには秘密があった。未熟な者が使う『ホー
リーサークル』であっても、その意志力に応じてその威力を高めるのだ。その
性能を今、最大限に発揮して、ベルナデットは亡霊騎士達を圧倒した。
 その力の源は、怒り。彼女は一歩踏み出す。
 「私の・・・・私の父さん達を侮辱するなっ!! 父さん達は忘れなかった。
自分たちの描いた夢を・・・夢のために死んでいった貴方達の事を、子供達に
語る事を忘れなかった」
 さらに彼女は歩を進める。
 「父さん達は死ななかったことを悔いたりしていない。そんなことで自分の
価値を貶めたりしていない! 精一杯生きた! 真剣に私を育ててくれた!!
 次の世代にその志を受け継いで来た!」
 さらに数歩。黒き王女の目の前に立つ。
 「父さん達は死に場所を求めて来たんじゃない! 東王の誇りを、前のめり
に倒れた貴方達の背中を汚さない為に命を賭けてきた!! 貴方ならわかるで
しょう? 騎士達の後ろで、その背中を見つめ続けてきた貴方ならっ!!!!」
 ベルナデットは声を張り上げた。吟遊詩人として鍛えた声量が広間を震わせ
る。回廊騎士達の心を奮わせる。
 「ベルっ!」「ベルナデット!」「そうだ」「俺たちは」「生きた」「精一
杯・・・」「生きて来たとも!!」「何も恥じることなど」「何も悔いることなど」

 「有るものかよっ!!!」



141 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:57:51 ID:5GPEk3UJ
 騎士達は喜びと共に剣を掲げる。全員から光の波動が生まれた。一斉に発動
した『ホーリーサークル』の光が亡霊騎士を圧倒する。
 ベルナデットは微動だにせず自分を見据える黒き王女に一礼した。大きく息
を吸い、歌声を紡ぎ出す。厳かで、神聖な旋律。死せる魂の安息を願うその歌
こそ

 「魔物のレクイエム」

 一瞬で灰になる者。膝をついて崩れ消え去る者。光の中に溶け消える者。亡
霊騎士達が消えていく。
 −−−・・・・良い歌声ね・・・−−−
 「あれが自慢のあたし達の娘さ」
 背後、至近からの声。しかし黒き王女は驚くこともなく笑って振り向いた。
その振り向いた胸に、短刀が深々と突き刺さる。いつの間に背後に回っていた
のか。小さなタルタルの暗殺者は満足げに微笑んでいた。
 −−−あなたは、確か・・・キリリ・・・・でしたね。ありがとう−−−
 王女は、マルグリットは膝から崩れ落ちた。座り込み、倒れかけたその肩を
駆け寄ったイヴォンが支えた。
 「マルグリット王女っ!」
 力無く開いていた手を包み込む暖かい手。ベルナデットがマルグリットの手
を取り涙を流していた。マルグリットはベルナデットに微笑んだ。
 −−−ごめんなさい・・・・私達・・・・恨みなんてなかった。わかってい
ました・・・・誰も望まない結果になる・・・・私は戦場で・・・・背中に向
かって歌うしかできなかった・・・・でも、もう一度歌いたかった・・・・・−−−
 ベルナデットは、マルグリットの手をしっかりと握って頷く。
 「本当は、こっちを見て、顔を見て歌いたかったですよね。私も貴方の歌を
もっと、普通に聴きたかった・・・」
 −−−うん・・・貴方の歌は・・・・とても良い歌・・・・揺らがずに歌い
続けなさい−−−


142 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 11:59:52 ID:5GPEk3UJ
 ベルナデットは頷く。それを見て笑い、マルグリットの漆黒の瞳が動く。光
を失いかけた瞳が、イヴォンを見た。
 −−−ここにいる亡霊騎士の中では・・・・私だけが、明確な意識を持って
いました。・・・・あとの者は・・・みんな、情念だけで動いている・・・・
それは、父上も同じです・・・・−−−
 マルグリットの手がイヴォンの肩にかかった。
 −−−私だけが・・・明確な意志を保っていたのは・・・・・そう、望まれ
たから・・・・『彼』がそう望んだから・・・それだけで、ほかの者達と私は
・・・・変わらない。国王を要とする・・・・軍であることは同じ・・・・父
上を倒して・・・・・そうすれば・・・・全て、終わる−−−
 肩にかかった彼女の手に、自分の手を重ね、イヴォンは頷いた。マルグリッ
トは安心したように再び微笑んだ。
 −−−もう一度・・・・父様と・・・・兄様と・・・イヴォン様と・・・・
みんなの顔を見ながら・・・・・歌いたかった−−−
 マルグリットの脳裏に幸せな記憶が蘇る。幼き日の出来事。忙しい父上が自
分の歌を聴くために訪れてくれた日。
 −−−緊張して・・・うまく歌えなくて・・・・泣き出した私を慰めてくれ
たのは・・・・・イヴォン様でしたね−−−
 「ああ、そうでしたね。その後、貴方はちゃんと立派にお歌いになった」

 −−−あの時から・・・・私は・・・・・・・・・・・・・・・−−−

 マルグリットは灰となって消えた。最後の言葉はもはや意志ではなく、ただ、
淡く甘くすこし苦い・・・そんな感情を残した。
 マルグリットの灰の前で、イヴォンは跪いた。それは王族に対する臣下の礼。
彼にはそうするしか無かった。



 −−−−−誇りのために名誉を捨て去った者よ、名も無き騎士よ。
 −−−−−悔いも望みも飲み込んだ者達の誓いを、我が詠い続けよう。
 −−−−−力尽き、冷たい石畳に倒れなお、満足だと笑う貴方達の高潔を。


143 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:02:11 ID:5GPEk3UJ
 そして、戦いはまだ終わらない。閉じられていた広間の扉が開かれる。通路
から規律正しく進み出てきたのは亡霊騎士。いったいどこから現れるのか、そ
の列はとぎれることなくあふれてくる。
 回廊騎士達は剣を構えた。キリリは手裏剣を取り出しながら言う。
 「団長とベルは下へ行きな。あたし達はここで食い止める」
 「キリリ母様!」
 キリリはベルナデットを見上げた。その瞳は恐怖と、それに負けまいとする
気丈な意志の間で揺れていた。だから、キリリは笑ってやる。
 「ちゃんと見届けるんだろう? しっかりおしっ!!」
 ベルナデットは頷いた。目を伏せ、歯を食いしばり、握り拳を奮わせて。
 「団長・・・・頼んだよ」
 「ああ、必ず陛下を止める・・・・・皆も、よくここまでついて来てくれた。
後少し、頼む」
 イヴォンの言葉に回廊騎士達は敬礼を返した。キリリはすでに背を向けてい
る。これがおそらく今生の別れ。だが、イヴォンもまた、躊躇無く背を向けた。
 すでに別れはすませている。
 石畳に靴音を響かせ、イヴォンとベルナデットは階段を駆け下りた。

 第三層の回廊には亡霊騎士の姿は無かった。迎撃に出払っているのか、最深
部で待ちかまえているのか。
 イヴォンとベルナデットは言葉もなく駆ける。やがて、長い回廊も終わりを
迎え、最深部、第三層の広間への扉にたどり着いた。
 イヴォンは扉に両手をかけ・・・・そこで動きを止めた。
 「イヴォン様?」
 背後のベルナデットの訝しむ声に、イヴォンは扉に手を掛けたまま、振り返
ることなく言う。
 「ベルナデット・・・・・恨むなら私を恨め」
 「何をおっしゃるのです!?」
 「君の父親達と母親の名誉を奪ったのは私だよ。確かに強制などはしなかっ
た。だが、私は知っていた。話せば必ず彼らは剣を取るだろうとね。・・・・
私は君達の幸せを破壊するのを承知で・・・・・」
 「・・・・・・」


144 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:05:37 ID:5GPEk3UJ
 ベルナデットは答えない。
 「だから、恨むなら私を、私だけにしておけ。グランテュール王や、サンド
リアを恨んではいけない。彼らは今後、我らを悪しき様に言うだろう。反逆者
だからね、彼らはそうせざるを得ない・・・・だが、彼らとて望んで我らを人
身御供に出したわけではないのだ。・・・・だから」
 「嫌です」
 ベルナデットは拳を握り、はっきりと答えた。イヴォンはその声の固さに振
り返る。だが、振り返った目に映ったのは、微笑むベルナデットの顔だった。
 「私は誰も恨みません。父さん達が居なくなってしまうのも、母様の声を聞
けなくなってしまうのも悲しいけれど・・・・みんな、それを自分で望んで・
・・・・そう・・・・したのだから・・・・それを、何かのせいにすることは
・・・できないっ・・・」
 微笑むその頬を涙が落ちる。イヴォンはその落ちる滴に自分の過ちを悟った。
 (ああ・・・・私は、とことん愚かだった。彼女に恨まれることで少しでも
自分の罪を軽くしようとしたのだ・・・・・)
 イヴォンは目を伏せ、次の瞬間には大きく息を吸い、吐いた。彼は再び扉に
手を掛ける。
 「ベルナデット。私には約束がある」
 「約束?」
 「かつて、決戦に敗れ、生き方を見失っていた頃に、新たな道を示してくれ
た人との約束だ」
 深紅の髪を持つ少女の姿を思い描く。
 「その人は、もうすぐここへ来るだろう。約束は、その人が大人になって、
私より強くなれば私の跡を継ぐ、と言うものだ」
 ベルナデットは頷いた。
 「レティシア・レギーネという人の事ですね。母様から聞いています」
 「そうか・・・」
 イヴォンは少し考えた後、口を開いた。
 「約束の結果がどうなろうと、この事件が全て決着した後で、伝えて欲しい
ことがあるんだ・・・」


 −−−−−一振りの刃に込められた涙と悲しみを、たとえ神であろうとも嗤わせはしない。


145 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:08:20 ID:5GPEk3UJ
 広間の扉が開かれた。足を踏み入れたイヴォンの前に立ちふさがるは、10
人の近衛騎士。そして、中央の棺の前の立つのは、彼が剣を捧げし至高の王。
 「陛下。お久しぶりにございます」
 −−−陛下・・・・そう、我はサンドリアの王・・・・・故国を再び統一し−−−
 イヴォンの言葉は聞こえているようだ。しかし、明確な意志は王からは感じ
取れなかった。
 近衛騎士達が一斉に剣を抜き放つ。イヴォンはまっすぐに歩を進め、彼らと
相対した。握った剣を掲げる。
 「忠誠を捧げた貴方に剣を向ける不忠をお許しください。しかし、臣下とし
て、主君の過ちはこの身をもって正させて頂く。・・・・ふんっ!!」
 イヴォンは掲げた剣を振り下ろす。剣先が空を裂き、石畳にかすって火花を
上げる。
 「さあ、このイヴォン・ボナールが行くぞ・・・・止めてみよっ! 近衛っ!!!」
 −−−我らの悲願・・・・邪魔をするならば・・・・排除せよ−−−
 王の命、そしてイヴォンの挑発に応え、一番近い近衛から3人、順番に襲い
かかってきた。しかしイヴォンは一笑に付す。襲いかかってきた順に、剣を交
わす。一人目、相手の剣撃ごと斬り下ろし、くるりと回転、二人目とすれ違い
様に斬り払う。三人目、剣が動き出す前に、イヴォンの突きがその首を貫いて
いた。
 斬り下ろし、斬り払い、突き抜ける。基本となる三連撃。突き詰められた基
本は、それ故に全てが必殺。
 しかし、近衛とて王の精鋭。三人目が喉を突かれながらも、イヴォンの腕を
捕まえる。その隙に四人目が左から襲い来る。
 「ぐぅっ!!」
 振り下ろされた一撃を盾で受け止める。右足で三人目を蹴り飛ばし拘束を排
除する。しかし、その時にはすでに五人目が背後に。
 「!!」
 イヴォンは三人目を蹴った勢いのまま石畳を転がる。背後からの斬撃が額を
掠った。数回転転がり飛び起き距離を取る。生ぬるい感触が鼻を伝っていった。
 「さすがは近衛騎士・・・・。そうでなくては」


146 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:11:10 ID:5GPEk3UJ
 ベルナデットは考えていた。イヴォンは圧倒的に不利。三人倒したとは言え、
今だ七対一だ。この多勢を突破して王にたどり着くのは難しい。だが、自分が
多少の呪歌で援護したところで、焼け石に水。ならば、どうすればいい。

 ・・・あとの者は・・・みんな、情念だけで動いている・・・・それは、父
上も同じです・・・・

 そうだ、情念だけ・・・ならば、英知を取り戻させることが出来れば、正気
に戻すことができるのではないか? そして、吟遊詩人にはその力がある。

 私、ちゃんと見届けるから・・・・
 ああ・・・。無理するんじゃないよ

 父さん達も、母様も、イヴォンさんも自分が危険を冒すことを望みはしない
だろう。
 「でも・・・だけど・・・だけれども、私は・・・・」
 脳裏にダミアンの背中が、倒れていく多くの回廊騎士の姿がよぎる。そして、
刃を受けるキリリの姿が−−−−−−−−−−−−−−
 「!」
 ベルナデットは奥歯を噛みしめた。腰につるした竪琴を手に取る。そして、
視線は閉じる。意識だけを棺の前に立つ、ギョホンベール王へ。
 全身全霊の力、技巧、意志を持って、彼女は竪琴をかき鳴らし、声を上げた。
歌声を紡ぐ。魂から発せられる『ソウルボイス』で。

 「英知のエチュード」

 広間に突然響き渡った竪琴の音色にイヴォンは驚いて振り向いた。
 「ベルナデット!? 何を!」
 近衛の、王の視線が彼女を捕らえる。響き渡る音色は広間に反響し、増幅さ
れて王に至った。
 −−−ぐぬっ・・・・おおおお−−−
 王が頭を抱えもだえる。それを見て近衛は迅速に行動を開始した。王に害を
なす者は排除する。数名の近衛がベルナデットへ走り寄る。しかし、演奏に全
力で集中している彼女は気づかない。

 近衛の刃が血しぶきを巻き上げた。


147 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:13:13 ID:5GPEk3UJ
 −−−お前達、剣を収めよ! その者らは敵ではない!−−−
 広間に威厳ある意識が響いた。
 (成功した!)
 ベルナデットは演奏を止め、視線を上げた。しかし、次の瞬間、成功にほこ
ろんでいた彼女の笑顔が凍り付く。

 「い・・・・いやああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 彼女の眼前に、血がしたたる刃。それは彼女の前に庇うように立ちふさがる
イヴォンの背から生えていた。



 ・・・さい・・・・ぇんなさい・・・・ごめんなさい・・・。
 目の前に、涙を落とす少女の姿が見える。その横には・・・・
 「ベルナデット・・・・陛下・・・」
 「イヴォン様!」
 身体に暖かさがまったく無いのをイヴォンは感じた。時間は余り残されてい
ないようだ。
 −−−イヴォンよ・・・・久しぶりだな・・・・歳を取ったな、貴公−−−
 ギョホンベール王はそう言いながら、イヴォンを見下ろした。イヴォンは壁
を背に座り込んでいた。
 「ええ・・・・・生きてきましたから・・・・それも、もう終わりのようで
すが」
 「ごめんなさい・・・イヴォン様・・・・私が先走ったから・・・・」
 イヴォンは笑ってベルナデットを帽子の上から撫でた。
 「いいんだ・・・・こうして陛下は正気を取り戻した・・・・目的は達成さ
れたのだから」
 −−−すでにここの騎士達には戦いをやめるように伝えた。我が消えれば、
皆も消えよう。・・・・・・イヴォンよ・・・貴公の忠義、見事であった−−−
 「ありがたき・・・・・しかし、私だけではありません」
 ギョホンベール王は腰に手をやり、カラカラと笑った。


148 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:15:12 ID:5GPEk3UJ
 −−−わかっておる。どうせ、誰であろうとそのうちに我らと同じところに
来るのだ。向こうで皆がそろったときに、宴でも開くとしよう。久しぶりにマ
ルグリットの歌を聴くのが楽しみだ−−−
 イヴォンは笑って頷いた。
 「楽しみですね・・・・それは・・・・・ベルナデット・・・・・・レティ
シアに・・・伝えて欲しい・・・・・約束を守れなくてすまないと・・・」
 −−−いいや、イヴォン。騎士たるもの約定は何があっても違えてはならん−−−
 イヴォンは驚いて目を見開いた。ギョホンベール王の姿が透けて見える。そ
れに反比例して、自らの身体に活力が戻ってきているのも感じた。
 「これはっ!?」
 −−−貴公の身体はすでに死んだ。しかし、我に残ったかりそめの命を分け
与えれば、しばらくは現世に留まれるだろう−−−
 「イヴォン様が意識を失っていらっしゃる間に、陛下には約束の事をお話し
しました。そうしたら・・・」
 身体に力が戻ってくる。イヴォンは身体を起こし、ギョホンベール王の前に
跪いた。
 「陛下・・・・ありがとうございます・・・」
 −−−今の我が、貴公にしてやれる褒美はこの程度よ。・・・・ふっ、では
な。宴の席で待っておるぞ−−−
 イヴォンとベルナデットが見上げる中、ギョホンベール王は笑って消えていった。


149 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:16:51 ID:5GPEk3UJ
 「ベル・・・」
 その声を聞いた瞬間、心が真っ白になった。恐ろしくてゆっくりと声の方へ
向き直る。
 「ダレン様・・・・・・」
 見覚えのある黒い鎧。いつからか蓄え始めた髭。暖かい眼差しが向けられて
いる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・ダレン様っ!!」
 気がつくより速く駆けだしていた。広げられた逞しい両腕の間に飛び込む。
鎧は堅く冷たかったが、ダレンの匂いがする。回廊騎士の匂いがする。
 「・・・・ベル・・・・・すまぬ・・・おそくなった」
 「ダレン様は・・・ダレン兄ぃはいつも遅刻だから・・・・いつも通り」
 「そうか・・・」
 背に回された太い腕に力がこもる。
 「だが、もう遅刻することはない」
 「ダレン兄ぃ・・・?」
 「無茶をしたな・・・・・危なっかしい娘だ・・・・だから、某はお前と共
に居ようと思う」
 言葉の意味を理解して、ベルナデットは顔が熱くなるのを感じた。あわてて
鎧に押しつける。
 「某はもう、バレスター男爵ではない・・・・回廊騎士ダレンと名乗りたい。
許してくれるか・・・・回廊騎士の娘よ」
 ベルナデットは、鎧の上からその広い背中をぐっと引き寄せた。
 「ダレン兄ぃは・・・・・ずっと前から回廊騎士だよ」
 「・・・・そうか・・・・・ありがとう・・・・・・それからな」
 「うん」
 「もう、兄ぃ、はやめてくれ」
 「うん」


 タルタル特有の黒豆のような鼻に、手頃だった紙兵を押しつけて鼻をかんだ。
 「ああ・・・・歳だねぇ・・・・・・・涙もろくっていけないよ」



150 :BeniBana.6『回廊』:08/05/05 12:19:22 ID:5GPEk3UJ
 ギョホンベール王の棺の前に跪き、イヴォンは考えていた。
 自分は、誓いを果たすことができただろうか?
 人が聞けば、笑い飛ばすようなたわいもない約束。
 だが、それに命を賭けた。
 誰に強制されたわけでもない。
 ただ、その約束を誓いに変えて今日まで戦ってきたのは、結局。
 「騎士であることを見失った私は、もう一度騎士に成るために、歩いてきたのだ」
 背後で扉が開かれる。
 (私は、嘘を、少しでも本当にできだろうか。嘘を信じていた子供に、歩く
べき道を示すことができだろうか)

「私は、レティシア・レギーネ! 約束を果たしに参った!! 騎士イヴォン・ボナァァァル!!」

 懐かしい少女の声。成長と共に張りを増しているが、聞き間違えたりはしない。
 イヴォンは立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。
 久しぶりに深紅の光が彼の目を焼く。
 彼は目を細め、笑った。
 美しく、凛々しく成長したかつての弟子に、言いようのない喜びが胸を満たす。

 約束の時は近い。

 「待っていたぞ、騎士レティシア・レギーネ」


151 :BeniBana:08/05/05 12:32:40 ID:5GPEk3UJ
BeniBana.6『回廊』をお送りします。

ちょっと、始めの方書き込みを失敗してしまいました。すいません。
そして、終わりませんでした(w

イヴォンと回廊騎士だけでいままで最長となりました。
正直疲れた・・・・。書くことにじゃなく、掲示板に写すのが(w

次からは、ちょっと別の方法で発表したいと思います。

152 :(・ω・):08/05/05 17:36:40 ID:Thj7+8Jq
キター
しかし30レスにわたる書き写しは死ねるな・・・w

153 :BeniBana:08/05/05 21:13:19 ID:5GPEk3UJ
>152
yes 半時間以上かかりました・・・・w

そういうわけで、wikiのリンクに私のブログを貼らせてもらいました。
ブログの方でも今までの物は載せてあるので、次からはそちらで発表したいと
思います。

154 :(・ω・):08/05/07 04:34:06 ID:eU33Tqba
く〜〜!!(☆_☆)
カッコイイ騎士を通り越して、騎士たるものの有るべき姿と言うべきか・・
それだけに、誰もが実践できる訳じゃない鋼の信念と言うべきか・・・
読んでて熱くなりました!!

そして、信念に従った「回廊の騎士」達に黙祷・・・


155 :(・ω・):08/05/07 08:23:38 ID:TYRijhzW
キター!
熱い物語でしたなぁ。

しかし、次回からはブログの方のみですか。
ここもまた寂しくなるなぁ。
せめてwikiにはうpして欲しいと思ったり。

156 :(・ω・):08/05/07 15:02:53 ID:qkyeA5wm
密かにGoVDキャラのツンデレっぷりがたまr
【ミス】

157 :(・ω・):08/05/07 22:46:10 ID:5vVj4ZNL
考えてみたら、物語が長くなればなる程スレは重くなっちまうんだよな。
そうなるとWiki等の外部がいいが、外部はどうも皆も読んでる、的な雰囲気にかけて困る。

いや、読むんですけね?

158 :BeniBana:08/05/08 20:48:19 ID:JvM7pjph
熱いというのは、嬉しい言葉です。ありがとうございます。

それでは、wikiにもUPしましょう。それなら平気です。
レスの文字制限に苦労することも無いでしょう。

書き上げてUPしたら、ここにはお知らせを書き込みますよ。

短く、書いた分から書き込んでいけばいいんですが、私は完全に全部きめてか
ら書き始めるタイプではないので、下手に発表して確定してしまうと収拾がつ
かなくなってしまうのです。

事細かに全部決めてから書いている人って居るのかねぇ。

159 :(・ω・):08/05/19 12:13:51 ID:Uv4TvaxC
とっくにやめたと思っていたScrapperが更新されてたage


160 :(・ω・):08/05/19 12:43:14 ID:NoKaA4If
なんだってーーーーーーーーー!
さっそく見てくる!

161 :ヴァナディール紀行:08/06/08 20:04:42 ID:rPqqAhYp
Nです。
お久しぶりです。
>>59様ありがとうございます。

ぽつぽつとヴァナで遊んでおります。
覚えてくださってありがとうございます。

ちょっと記憶が定かではないのですが、
ロランまで書かせていただいたとおもいますので
クロウラーの巣からかと思います。

初めての方 はじめまして。
わずかなりとお楽しみいただければ幸いです。

162 :ヴァナディール紀行:08/06/08 20:08:04 ID:rPqqAhYp
クロウラーの巣


「こんな時は頭からっぽにして戦うといいんだ」
つぶやいたのはルークだった。
「頭からっぽって?」
ルークはコクンとうなずく。
頭を使う事が生来あまり得意ではないルークは
考え事があると単純作業を求める。
「蜂狩りしてくるわ。クロウラーの巣で。
あそこならたくさんいるしな」
ミストはうなずいた。
「うん。僕もちょっと巣の中を見てくるね」
「巣を抜けて釣りに行くの間違いじゃないのか?」
ルークの軽口にミストは笑って、手を振った。

クロウラーの巣では蜂は蜂の巣のカケラも取れるし、はちみつも取れる。
運がよければローヤルゼリーも取れるだろう。
そう考えて短剣を出す。
「っふ…」
吐く息と同時に不意打ち。
蜂の攻撃を空蝉の術でよけながら、短剣を振るう。
ここらのモンスターで、ルークには怖いものは無い。
よけながら無心で戦う。
が…。
背後に視線を感じだ。
短剣の刃に背後を写すと、
そこにはタルタルの青年がちらちらと見ていた。
「っち…」
理由はわからない。
わからないが、今のルークは小さな事でもいらつく。
ルークは奥へ向かった。
そして、不意打ちや盗むで敵のターゲットを取りながら
ザクザクと倒していった。
無心。
周囲の事が気にならなくなる。
ザクザク切っていると、小さな声が聞こえた。
「あ……」
「ん?」
ホルンを手にした吟遊詩人のヒュム女性がルークを見ていた。
タッチの差で敵を奪ってしまったようだった。
ルークは少し眉を寄せたが、視線をそらせて戦闘に意識を集中させた。
蜂はほどなく沈んだが、アイテムはなかった。
吐息をつくと目の端に蜂。
考えるより先に体が動いた。
「たぁっ!」
目の前に飛んで来た蜂を反射的に短剣で切る。
「あ…」
ヒュム女性がまた小さくつぶやいた。

163 :ヴァナディール紀行:08/06/08 20:10:44 ID:rPqqAhYp
詩人もルークと同じ蜂を狙っていたようだった。
敵は誰のものでもない。
と、ルークは心の中で毒ずく。
ルークは他人を思いやれないほど心がささくれだっていた。
冒険者なら、自分の獲物は自分で取る。
早い者勝ちだ。
すべての冒険者が常識として叩き込まれているはずだ。
ぐだぐだ文句を言うなら、それは文句を言う方が悪い。
ルークは敵を倒しさらに…と敵を釣る。
吟遊詩人も頑張ってはいるが、到底ルークの技術とスピードに追いつけない。
気配を探る腕も、そして敵を釣る腕も、シーフのルークのほうが数倍上手だった。
「ふ、ぇ……」
詩人は両目に涙をためて、ルークをじっと見つめた。
「〜〜〜ッ!」
ボロッと大粒の涙をこぼす詩人に、ルークは切れた。
「何故、泣く?」
敵を奪っているのはルークだ。
そのことはルークが一番わかっている。
「………っ」
「なんかいえよ、オラ!」
いらつくと、語尾も粗くなる。
「だって……情けなくて」
「はぁ?」
「一匹も取れなくて…情けなくて…」
しくしくと肩震わせて泣くヒュム詩人にはぁっとルークは大きなため息をついた。
「もしかして…お前さん。『釣り』したこと、ねぇのか?」
ルークの言葉に詩人はコクコクとうなずいた。
「ふん。とりあえず泣きやめよ」
「はい…ごめんなさい。見ず知らずの人の前で取り乱して」
「まぁ…詩人はパーティ支援ジョブだからなぁ。
敵を釣る技術でシーフに勝とうってのが問題だし…それに、
俺もイラついてたしな」
詩人はふるふるっと首を横に振った。
大きな青い目が印象的だ。

164 :ヴァナディール紀行:08/06/08 20:12:57 ID:rPqqAhYp
「いえ。あなたは何も…悪くないです。
ただ自分が情けないだけです」
「何しにきたんだ?」
ルークは話を振った。
「え、と。あの。ローヤルゼリーを取りに…」
「ふん。合成で使うのか?」
「いえ…依頼を受けて。お鍋と交換するために必要なんです…」
「ん?よくわかんねぇけど、
お前さんが冒険者で市民から依頼を受けたってわけだな?」
「…はい」
詩人の言葉にルークは考え込んだ。
本当は無心になって剣を振るいたかったが、旅は道連れだ。
おまけにこの詩人どこかほおっておけない感じがする。
それが、女性だからか、ミストと同じ詩人だったからかはわからないが。
ルークは明るい声を出した。
「一緒に、やるか?」
「え?」
「俺は蜂狩りが出来ればいい。アイテムには興味は無い。
まぁ、蜂の巣のかけらが手にはいりゃいいかなくらいは思っていたが」
「あ、え…でも…ご迷惑じゃ」
「俺が誘ってるんだけど?迷惑だったらさそわねぇよ」
「でも…えっと…」
「嫌か?」
ルークの言葉に詩人ははにかんで首を横に振った。
「んじゃ、やるか?」
詩人は小さくうなずいた。
「私はイルタイア、イルって呼ばれています」
詩人の笑みは華やかで綺麗だった。

「しっかし。一人でやるのは大変だったろう…」
ルークは詩人イルの支援を受け、メヌエットで高揚させる。
「はい……――」
「戦闘にもなれてねぇみてぇだし…短剣持った手にマメが出来てるじゃねぇか」
ルークは詩人イルの楽器を演奏する手を見てつぶやいた。
「あ…これは」
「普通は剣をにぎらねぇ詩人も多いけどな。
その詩人様が一体なんでまた、一人でこんなとこで」
「え…と、きゃ」
緑の苔に足を滑らせ、詩人イルは転ぶ。
その転倒に小さなルークも巻き込まれた。
「うあっ」
どさっと小さな音。
「わ、アブネェ」
蜂が襲ってきているのだ。
ルークが慌てて詩人イルをかばうように身体を半回転させる。
その瞬間2人の耳に、叫び声が聞こえた。
「てめぇっ、何やっていやがるんだっ!!!」
背後から出てきたのは、タルタル族の青年だった。
ルークを見ていたあの青年。
「く、ダンシングエッジ」
ルークは舞うように短剣でWSを決めて、振り返った。

165 :& ◆b36X4LzTSc :08/06/08 20:15:54 ID:rPqqAhYp
「何者だ?テメェ」
ルークの挑戦的な眼差しに、タルタルは答えた。
「サスラス!」
詩人はビックリしたようにタルタルの青年サスラスを見た。
「知り合いか?」
「お前、イルに何やってんだよ」
タルタルの青年サスラスはルークに敵意を丸出しだった。
ルークはそっけなく答えた。
「はぁ?なにって、蜂狩りだろうが」
「イルにちょっかい出していたじゃねぇか?!あぁ??」
「おい、何の話だ」
サスラスはルークの胸倉を掴んだ。
「ナンパしてんじゃね―よ。チビ」
「テメェにチビたぁいわれたくねぇな」
ルークの目が据わる。
「あ…やめ。サスラス、何でここに…?」
「そういや、お前さっきからずっとここにはってたな…。
もしかして……」
「わーわー!!!」
サスラスは慌てて両手をバタバタ振った。
「サスラス…どうして?」
屈みこむヒュム詩人イルにサスラスはふいっとそっぽそむいた。
「ほっとけねぇだろ。俺がお前に言ったんだから」
「あ…心配して、きてくれたの?」
「…………ばっ勘違いすんじゃ―よ」
ふてくされて座り込むタルタルにルークはふぅっと吐息をついた。
「わけわかんねーが、知り合い同志ならお前が手伝ってやるか?ん?」
「それは…」
タルタルは渋る。
「ん?」
詩人イルが髪をかきあげ、
ルークの目を見て話し出した。
「私…臆病で。サスラスがいないと何にも出来ないから…。
人と話すのも…本当は苦手なくらいだから…。
サスラスが一人で少しはいろんなことできるようにしないとって…
今回のローヤルゼリーの依頼を持ってきたんです」
「ふ〜〜〜ん」
ルークはニヤニヤしながらサスラスを見る。
サスラスは耳まで真赤だった。
「でも、サスラス…ここには心配してきてくれたの?」
来た、じゃなく、居ただ。
彼はルークを見ていたのではなく、ヒュム詩人イルをずっと見ていたのだろう。
そう思うとルークはご馳走さま、な気分になる。


166 :& ◆b36X4LzTSc :08/06/08 20:18:51 ID:rPqqAhYp
「なんか、みょーに力抜けたわ」
ルークは肩をすくめた。
「え?」
「後は二人でやれよ」
「いや、こいつ一人で……」
ルークは肩をすくめた。
「ばっか。お前さ、どうしてイルを独り立ちさせたいわけ?
良いじゃんか、手伝えば。
心配だったんだろ?ずっとついていたくらい。
なら、これからもずっとそばで守ってやりゃ良いじゃねぇか」
ルークの言葉にサスラスは胡座をかいてすわったまま、
「うるせー」
と小さくつぶやいた。
「一人で何でもできるようになるのはいいかもしれねぇが
足りないとこを補い合えるのも良いもんだぜ」
ルークの言葉にサスラスは俯きふくれっ面をした。
「え?サスラス、そばにいてくれたって…ずっと?」
詩人イルの反応のとろさにルークは苦笑した。
鈍い。
これじゃ、サスラスは苦労するだろう。
でも、それもまた、楽しそうだった。
「無理にイルを突っ放すなよ
人それぞれ、得手不得手ってものがあるんだ」
そして、こそっとルークはサスラスの耳もとで囁いた。
「赤の他人とパーティ組むのがそんなに心配なら
自分でがっちり捕まえとけ、馬鹿」
「うううぅぅぅ」
ルークは詩人イルに明るく言った。
「俺は奥に行くから、二人でここでやってろや」
そういって、パーティを抜け身軽に歩き出す。

「やってらんねぇなぁ。ちくしょぅ」
ルークの口元には笑みが浮んでいた。
真剣に、深刻に悩んでいた。
でも、周囲はのどかで、人は普通に生きている。
HNMや死者なんて言葉とは無縁というように。
「テンパってたのは、俺か」
ルークは頭をガリガリ掻いて、天井を見た。
薄ボンヤリしたやわらかな光の洞窟。
「綺麗、だな」
風景を見る余裕すら失っていた自分にルークは気付いた。


167 :& ◆b36X4LzTSc :08/06/08 20:19:58 ID:rPqqAhYp

追記

「しょうがねぇ。あのタルタルのいう事聞くのも癪だが
手伝ってやるよ、イル」
「いいの?一人でやれってあんなに、言っていたのに…」
詩人イルは戸惑いながらサスラスを見た。
「いいんだよ。お前が一人でちゃんと戦えねぇと
俺に何かあったとき…お前がやべぇとおもったから
一人で頑張れって言ったんだから…」
「じゃぁ…がんばらないと」
詩人イルの言葉にサスラスは苦笑する。
「あいつの言うとおり…。
お前がきっちり強くなるまで、俺がお前から目ェはなさねぇから
いいんだよ」
「え?」
「良いからやるぞ」
詩人イルはにこっと笑む。
「うん。わかった」
フルートを取り出す詩人の綺麗な横顔。
洞窟に響くやさしい音色。
どこまでも鈍感な詩人にサスラスの気持ちが通じるのは
まだまだ先の話のようだった。


168 :& ◆b36X4LzTSc :08/06/08 20:27:06 ID:rPqqAhYp
あとがき

>>59様ありがとうございました。
ルークとミストを気にしてくださっている方がいてうれしく拝見しました。
流石にもう見ていらっしゃらないかもしれませんが
感謝を。

そしてはじめましての方もほのぼのですがお楽しみいただければ幸いです。
昔のようなペースは無理ですがぽつぽつ書かせていただければ幸いです。


このスレッドを守ってくださる皆様
ありがとうございます。
そしてWIKIを作り上げてくださる皆様
ありがとうございます。

       N

169 :(・ω・):08/06/09 03:14:26 ID:vo/XTXQv
紀行さん、おひさ!&おかえりなさい!!

更新が止まって気になってましたが・・
Nさんが健在の様なので少しホっとし・・次回作を待ち望みますw

170 :(・ω・):08/06/09 18:17:18 ID:k/BdfPbB
おお!ヴァナ・ディール紀行まってましたよー
お元気でなによりです
更新、たのしみにしてますね

171 :(・ω・):08/06/10 08:23:28 ID:hYyWpsTi
紀行が久々に来たー!
やめて無くて良かったよ。

172 :(・ω・):08/06/13 23:39:31 ID:Rt/Tx510
紀行の作者様おかえりなさい!
ルークとミストの旅がまたみれて凄く嬉しかったです!
まったりペースでも待ってますから次回作楽しみにしてます。

173 :(・ω・):08/06/19 06:11:13 ID:vp4KSOms
ヴァナディール紀行様、おかえりなさい!
次回策ものんびりお待ちしています!
お忙しいとは思いますが・・・いつかマシュルルのお話も書いて
頂けたらなーなんて・・・。
定期的に読み返しては、いつも涙してます;;
作者様のお話、大好きです!


174 :いつか桜の咲くころに :08/06/22 23:58:25 ID:KhsCJtRR

『散り時には、まるで、薄紅色の雪が降ってるって風情でな。夢みたいに
きれいなんだよ』
 なつかしげな目をして、彼はその花の話を口にした。
『俺の故郷では、一等大事にされてる樹木なんだ。この中の国では、ついぞ
見かけたことがねえんだけど』
 そう言う口調がほんとうに残念そうに聞こえたから、思いついたのだ。
 長らく自分の研究を助けてきてくれた彼に、ひとつ、贈り物をしよう、と。
『ねえ、もっと詳しく聞かせてよ、その花の話。ええと、うすい赤色で
雪みたいで……木なんだよね?』
 つめよった自分に、彼は驚いた顔をして、それから懐を探った。
『口で言うより、見た方がわかりやすいだろ。ほら、これだよ』
 差しだされたのは、薄い紙のしおりにすきこまれた淡い色の花びらだった。
『な、きれいだろ?』
 手にとって、食い入るように見つめる自分がよほど執心に見えたのだろう、
彼はぽつりとつぶやいた。
『実際に咲いてるところは、もっとずっといいんだよ。……いつか、あんた
にも本物を見せてやりてえな』

175 :いつか桜の咲くころに :08/06/22 23:59:23 ID:KhsCJtRR

「……おい、ティック、起きろよ。そろそろ時間だぞ」
 荒っぽく肩をゆすぶられて、チックティックはうめいた。
「昨日は、徹夜だったんだよう……あと、もう、五分……」
「俺、こないだも、その前の時も言ったよな。外へ調査に出る前日くらいは、
まともに睡眠取っとけよって。あんたも鼻の院の研究者なら、いいかげん
それくらい学習したっていいと思うぜ。ほら、起きろって!」
 チックティックは、己をゆさぶる手を払って、はがされかけた毛布を引き
もどした。
「もうちょっとだけ、寝かせてー……」
 苦笑らしき吐息とともに、かたわらで立ちあがる気配がする。
「しゃあねえなあ。……起きなかったのはあんただからな。あとで、文句
言わないでくれよ」
 シャリ、と薄い氷片がこすれ合うような金属音がした。冷たげなそれを
まどろみの中で聞きながら、チックティックは寝がえりを打った。
 わずかな浮遊感。体が転がり落ちる。がつん、と額が、固いものに思い
切りぶつかった。
「………ッつー!?」
 涙目で飛びおきる。頭を抱えていると、今度は、ざくっと何かを断つ音、
それにぼとりと重たげな落下音が続いた。
「ううううう…… ………あれ?」
 あたりはやたらと暗く、鼻先に触れる空気が湿っぽい。どこか遠くで、
水の流れる音がしていた。
 屋内ではあるようだが、尻の下の冷たく固い感触は、明らかに自室の
寝台のそれではない。
 にじむ視界をくり返したまばたきではっきりとさせると、こちらに背を
向けて立つ軽鎧姿の痩躯が見えた。どうやら、自分は石造りの階段の一段に
横たわって眠っていたらしい。
 寝起きの頭が、ゆるゆると動き出す。
 そうだ、トライマライ水路へ研究資料の採集に来ていたんだった。よう
やく思い出した事実に、ぼんやりとチックティックは声を上げた。
「あー……………コウエン?」
「おはようさん、ティック。まあ全然早くねえけどな」
 名を呼ぶと、ふり返った男は、かたわらに細身の片刃――『刀』と
呼ばれる東方の剣を提げて、にっと笑った。ざんばらに切られた黒髪を
剣を持たない方の手でかきあげ、かがんで足下の何かを拾い上げる。

176 :いつか桜の咲くころに :08/06/23 00:00:31 ID:31DjmzDb
「ほい、これ」
 すたすたと、コウエンがこちらへ歩いてくる。無造作に差しだされた
ものを、チックティックは座りこんだまま、手を伸ばして受け取った。
 薄闇の中でぼんやりと桃色に光る、大輪の花……その太い茎をつかんだ
瞬間、手の中でぬるりと動いた感触に、ようやくはっきりと目が覚める。
「うっひゃあああああ!!?」
 ひっくり返った拍子に、今度は後頭部を石段にがつんとぶつけた。目の
前に火花が飛ぶ。
「………おい、大丈夫か?」
 声もなく悶絶していると、となりにしゃがみこむ気配があった。
「………………だい、じょう、ぶ………ってああああああ!」
「なんだよ、今度は」
「これ! この花! ぼく、咲く瞬間を見たいって!!」
「だから、起こしてやっただろうがよ」
「…………そうだった」
「ついでに言っとくと、咲いてすぐに花首を落とさねえと、手がつけられない
ほど凶暴化するって言ってたのもあんただからな」
 男は、ちらりとその背後に目をやった。視線の先には、花の本体、鼻の院
謹製の食人植物がぐったりと(しか言い様のないありさまで)横たわっている。
「…………すみません。ぼくが悪うございました」
「わかったならよろしい」
 大仰にうなずいてみせてから、少し男は心配げな顔になった。
「えらいいい音させてたが……頭、痛むか? ポーションならあるぞ」
「いや、大丈夫。ケアルくらいはできるから。ていうか、ごめん、全然何も
してなくて」
「外での護衛と荒事は、鼻の院からまかされてる俺の仕事だからな。それは
別にかまわねえよ。つーか、あんたが寝過ごすのもいつものことだし」
 笑うコウエンの口調にとげはない。冷たい石段に座りなおして、チック
ティックは頭をかいた。
 魔法大国ウィンダス、その柱として機能している五つの院。そのうちの一つ、
鼻の院に所属する魔道士は、院の性質上、野外調査がその職務のほとんどを
占める。そのため、危険な地に出向くことの多い研究者の助けとして、鼻の
院では独自に冒険者を雇用していた。コウエンもまた、院から認可を受けた
専任冒険者たちの一人だ。
「……や、でも、ごめんなさい」
 手をひざにおき、姿勢を改めて、チックティックは頭を下げた。調査の
相方としてちょくちょく組んできただけに、気心も知れている相手だ。
 だからといって、笑って許してくれるのに甘えていいかというと、それも
違うだろう。
「まったく、真面目なんだか不真面目なんだかわっかんねえなあ、あんた」
 くつくつと笑うと、コウエンは懐から取り出した白い紙で、手にした刃を
ぬぐった。慣れた動きで鞘に収める。
 ちん、と澄んだ音が石造りの部屋にひびいた。


177 :いつか桜の咲くころに :08/06/23 00:01:53 ID:31DjmzDb

 水呼びの扉から、水路の外へ出る。
 夜明けも近い時間だ。そびえ立つ星の大樹が、影絵のように群青の空を切り
とっている。澄んだ空気を思いきり吸いこんで、チックティックは伸びをした。
「ああ、無事に終わってよかった。ありがとう、コウエン」
「おう、おつかれ。しかし、いつものことながら、あんたたちタルタルのやり
ようは……なんてえか、大ざっぱすぎじゃねえ? いくら一般人の立ち入る
場所じゃないっつっても、あんなもん生やしとくのは、さすがにどうなんだよ」
 手の中でいまだぼんやりと光る桃色の花を見下ろし、チックテックは苦笑した。
「もとは、そんな危ない代物じゃなかったはずなんだけどなあ。魔法の触媒に
使う植物だから、魔力の強いあそこの水で育てたら質がよくなるんじゃないか
とか、そういう話だったと思うよ。実際、ぼくの今の研究も、これがあれば
だいたい目途がつきそうだし」
「あー……そうかよ……」
 ふっと、コウエンが息を吐いた。
「ん? どうかした?」
「や、なんでも」
 改めてよく見れば、浮かない様子の相手にチックテックは眉をよせた。
「なんでもって顔じゃない。疲れてるなら、今日はもう戻って休んだほうが
いいよ。他のひとたちには、ぼくから言っとくからさ」
「あんたは?」
「ああ、ぼくは、これを持って帰って作業の続きかな」
「その徹夜癖、いいかげん直せよな。居眠りして材料をおしゃかにしちまっても
もう次はつきあえねえぞ」
 真顔で言われて、チックティックは頭をかいた。
「わかったよ。戻りの報告だけ入れたら、ぼくも帰って仮眠取る」
「ぜひそうしてくれ」
 連れだって、夜明け前の道を歩きだす。
 誰にも会わないまま水の区に入ってすぐの十字路まで来て、チックティックは
足を止めた。コウエンが住処としているモグハウスは、ここを南に行ったところだ。
「それじゃ、お休み、コウエン」
 声を掛けると、コウエンが改まった口調で言った。
「あのさ、ティック」
「うん?」
 ヒュームの彼は、タルタル族のチックティックの三倍近くの身長がある。ふり
仰いで見上げると、言いにくそうにコウエンは頭をかいた。
「……その、……今まで、ありがとな」
「はあ? どうかしたの、やぶからぼうに」
 唐突なことばに、チックティックは眉をひそめた。めずらしく気まずそうな
顔をして、コウエンは続けた。
「あんたに言うのが遅くなっちまって、悪かった。俺さ……国へ帰ることに
なったんだ」
「へっ!?」
 チックティックは、ぽかんと口を開けた。
「前々から、帰ってこいって話はあったんだけどよ、あんたの研究の手伝いが
ひとくぎりつくまでは、って……そんでまあ、なかなか言い出せなくてさ」
「か、帰るって……いつ」
 呆然と聞けば、コウエンはわずかに視線をそらせた。
「明後日」
「ちょっ、ほんとうに急じゃないか!? 待ってよ、ぼくにも都合が…!」
「わかってる。いろいろ先の予定もあるだろうとは思うんだけどよ……認可を
受けてる同僚に、ちゃんと引き継ぎはしてあるから」
「いや、そういうんじゃなくてさ! ………」
 心底すまなそうな顔をしている相手に、チックティックは言いかけたことば
を飲み込んだ。

178 :いつか桜の咲くころに :08/06/23 00:03:17 ID:31DjmzDb
「…………その、なにか、事情が?」
 コウエンが、片手でがりがりとその不揃いな黒髪を乱した。
「言ったことがあったかもしれねえけど、俺、中の国の生まれじゃないんだよ」
「ああ、ええと、確か……ブシ、だったっけ。東の国の、こっちでいう騎士
みたいな仕事してたんだとか言ってた」
「そう、それだ。継ぐ所領もないような三男坊だったんで、いっそ違う土地で
やってこうって思って、この大陸に渡ってきたんだよ。でも、うちの兄貴たちが
近東の大国との戦で、刀を持てない体になっちまったって話でさ」
「……うん」
 言うべきことばを思いつけずに、チックティックはうなずいた。
「俺も、侍のはしくれだからな。家と国の大事だって時に、自分ひとりだけ、
好き勝手してられねえんだ。だから……帰る」
 かみしめるように告げるその声は、真剣だった。
「………戦争に行くってこと?」
「まあ、そうだな」
 チックティックは、クリスタル大戦より少し前の生まれだ。獣人との戦い
についてさえ、はっきりとした記憶はない。目の前にいるコウエンが、人間
を相手に戦っている姿など、人一倍あると自負している想像力を駆使しても
なお、ぴんとこない。
 それでも、彼が本気で、戦いに行こうとしているのだということだけは
よくわかった。
「………こんな急な話じゃ、餞別のひとつも持たせてあげられないじゃないか」
「あー、いいよんなもん」
 ぐっと、チックティックは腹に力を込めた。声をはりあげる。
「きみがよくても、世話になりっぱなしじゃあ、ぼくがよくないんだよ!
 だから、もらいに戻ってこい!」
 ぽかんと、コウエンが口を開けた。
「はあ?」
「国が大変だから戻る。それはわかった。それなら、大変じゃなくなったら
ウィンダスに戻ってこいってこと!」
「や、それは……」
 眉をへの字に寄せてことばにつまったコウエンのひざを、チックティックは
ぱしっと叩いた。
「ほら、約束する!」
「あんたなあ……」
 額に手を当て、深々とため息をつく相手を、チックティックは無言でにらみ
上げた。
 一歩も引くものかと、ねめつけ続ける。迷うようなそぶりのあと、やれやれ
と言いたげに笑って、コウエンがうなずいた。
「わーったよ。約束な」


 その二日後、彼はウィンダスを出て行った。
 どうやって帰るのかと訊ねたところ、ノーグの海賊がひそかに出している、
東の国への交易船へと便乗するのだと、こっそり耳打ちされた。
 気をつけて、と言っただけで、ほんとうに自分は彼に何も餞別を渡さなかった。
 その代わりに。


179 :いつか桜の咲くころに :08/06/23 00:04:06 ID:31DjmzDb

「もう、準備はできてるんだからねー……コウエン」
 徹夜明けでしょぼしょぼする目をこすりながら、調理ギルドの扉を開ける。
「いらっしゃーい。また完徹ですか」
 販売員の女性がくすくすと笑って、ゆでたまごとサルタオレンジを一つずつ
包んでくれた。
「んー、ありがとう」
 受け取ったところで、もうひとつ、とこのあたりでは珍しい竹皮の包みを
渡される。
「これ、ギルドのハキームさんから。差し入れだそうですよ」
 チックティックはまばたきをした。女性が口にしたのは、数年前、船が難破
してこのウィンダスに漂着したという、東方出身の調理人の名前だ。面識はあ
るが、それほどつきあいのある相手というわけではない。
「んんん? ぼく、こんなものもらうようなこと、何かしたっけな?」
 首をひねると、女性が小首をかしげた。
「何でも、懐かしいものを見せてもらったから、とか言ってらっしゃいましたけど」
「あ、……ああー、そっかあ。うん、わかったよ。あとでお礼言っとく」
 得心して、チックティックはうなずいた。包みをふたつ抱えて、きびすを返す。


 ギルドから一歩外へ出たところで、チックティックは首を上げた。
「ハキームさんのお墨付きをもらえたなら、だいじょうぶだよね」
 ひらりと、薄紅の花びらが目の前を過ぎる。
 暖かな春の日ざしの下、あちこちで、異国の木々が、その花を満開に
咲かせていた。
 そのうちの一本の木陰へ行って、板で渡された通路の端に腰を下ろす。

 これが、あの日、自分が取り組んでいた研究の成果だ。
 宙に浮いた足をぷらぷらと揺らしながら、チックティックは薄紅の花を
つけた木を見あげた。
「まあ、最初の年は、なんか人相の悪いトレントっぽいやつになっちゃった
けど……あれは素材が悪かったんだよね、たぶん。でもほら、今はちゃんと、
サクラだよ」
 竹皮の包みを開いて、行儀良くならんだおにぎりをひとつ、両手で抱える。
 かぷりと噛みつくと、ほどよい塩味がした。
「だからもう、いつ戻ってきたっていいんだからね」
 チックティックはひとりごちた。


 ここは、きみの故郷じゃないけれど。
 ずっと、ずっと、この花と一緒に、待っているから。





180 :いつか桜の咲くころに :08/06/23 00:06:08 ID:31DjmzDb

 こんばんは、お邪魔いたします。
 記念写真と言いますか、ヴァナの桜が咲くたびに、フレたちと取ったSSが
 たくさんあります。見直してみると、その中にはもう引退してしまった人の
 姿もたくさんあって、懐かしいような寂しいような気持ちになります。
 本作は、冒険者の物語ではないんですが……。
 アトルガンミッションのなかで、アトルガンと東の国との長きに渡る戦争の
 終結のきざしがちらりと出てきていたので、物語のなかだけでも幸せな再会が
 あればいいな、という気持ちで書きました。
 このスレ住人のみなさんにも、ヴァナでの良い出会いと再会がありますよう。


 そして、サプライズな再会がすぐ上に!
 ヴァナ紀行様、お帰りなさい…! 久々に拝読できて、本当に嬉しいです。
 のんびり、まったり、二人の旅の続きをお待ちし続けています。

181 :(・ω・):08/06/23 23:55:31 ID:gzS5kUpR
>180
こういうお話すごくすき



182 :BeniBana:08/06/24 18:52:46 ID:lF5xDIQK
>180
ああ、いい話ですね。人と人の優しく切ないつながりってのは良いです。
そう言えば、最初の桜はトレントでしたねぇw

183 :(・ω・):08/06/25 08:22:56 ID:omJIeVyl
良い話だね。

184 :(・ω・):08/07/05 03:41:35 ID:vErcOIOR
>180
趣深い、いい話と感じざるを得ない。


どうでもいい話だが、
小説で以前、安価でお題と書く人を決めるスレって無かったか?
無かったってんなら、俺の単なる夢の中の話になるが・・・。
現実問題は、安価だけとってとられて書かないっての多そうだしなぁ。

あと、書き手さん達に質問。
小説に自分やフレンドをモチーフにしたキャラクターを出演させているかとか、
トリビューンにあった命名規則や、各種設定を出来るだけ守ろうとしてるとか、
そういうこだわりみたいなものってないかな?
あったら参考にしたい。


185 :(・ω・):08/07/05 13:14:24 ID:e7dqE/cV
>>184
「今はいないフレンドへの手紙」スレのことかな?

書く人指定じゃなくて、御題に添ったSSを書いた人が次の御題を決める感じで、被ったら外伝扱いになるかんじだったから、違うかもだけど。

昔、wikiにいろいろ追加してるときに、ついでに姉妹スレとしてリンク張った気がする

186 :いつか桜の咲くころに :08/07/05 18:51:01 ID:YVZrCv1i
>>3に、姉妹スレとしてリンクが張られてますね。<「今はいないフレンドへの手紙」

物語に説得力を持たせようとするなら、元となる世界を活かすのが一番の早道ですから、
システム面はともかく、世界観に関わる設定はどの作者様も大切にしておられるのでは
ないでしょうか。
そこへ「こういうこともありえるかも」と読み手が思えるような独自の解釈や設定を加える
ことで、さらに優れた物語性を付与していけるというのが、個人的には理想ですが!

ところで、自分モチーフキャラというのとはちょっと違いますが、書かれた文章を拝読して
いると、時々「あ、この方、ヴァナでは調理人なのかな」「ウィン人なのかな」はたまた
「前衛やってるのかな」なんていうのが感じられることってありませんか?
もちろん、実際には全然外れているのかも知れませんが……
作者様方のキャラプロフィールは、ちょっと聞いてみたいですね。

最後になってしまいましたが、拙作を読んで下さる方がいらして、さらにご感想まで
いただけてとても嬉しかったです。本当にありがとうございました!

187 :BeniBana:08/07/05 20:43:54 ID:aDDcdym3
>184
本編を書き始めた頃は、命名規則を知らなかったり、フレンドを登場させたり
しているので、割と適当でしたね。冒険者は通称を名乗っているということにしました。

紅花は40年以上昔の時代設定なので、公式設定資料が手放せませんし命名規則
にも従っています。
できるだけ、歴史的事件と絡めてみようとやってますので、どれが正史で
どれが私の創作なのかわからないというのが理想です。

>186
たしかに、自分のヴァナ生活の経験がどうしてもベースに成るでしょうし、
それはあると思いますね。
私はサンドリアンのエルヴァーンですが、ナイトではありませんw
生粋の忍者です。

188 :いつか桜の咲くころに :08/07/06 06:43:39 ID:NS1LOhHN
>187
公式設定資料集は手放せないですね!
そろそろ第2弾とか出していただきたいくらいですが。

BeniBana様は、スウィフトなど実際のWSエフェクトが目に浮かぶような筆致から
モンスとの戦闘を間近に見ることの多い前衛ジョブの方なのかなあと思っていました。
忍者さんでしたか!
私はウィン出身で後衛しかやっていないので、いつも敵も前衛さんもはるか遠くにいて…
魔法の発動音や連携エフェクトはイメージできるんですが、WSのそれはどうもぴんと来なくって。

>184
自分は細かいところにちまちまこだわるのが好きな性なので、ゲーム的な制約もできる限り
活かせるように、と思っています。たとえばアビの効果時間や、エリアの実際の敵配置。
絡まれる敵のレベル。そのOPを支配している国が配置するガードの種族性別。ただこれは
単なる趣味に近いので、物語を殺さない程度で……展開上必要があれば、現実的な範囲で
そのあたりは見なかったふりをしちゃったりもしています。
以前書かせていただいた「暁のひとみ」では、本来天候が変化しないロンフォールにだって
雨を降らせていたり、ですね。

189 :(・ω・):08/07/14 08:26:21 ID:AMJKTsFl
紅花さんはやっぱりサンドの人だったか。
自分もサンド人なので、話の作り的になんとなくそうかな、と思っていた。
前衛に近いジョブなんだろうなぁとは思ってたけど、「がちょーん!」だとは
思わなっかたw

逆に暁の人はもろウィンって感じだよね。
文章的にも柔らかいし、雰囲気がそんな感じ。

自分はウィン→サンドで移籍したので、どっちも入り込んで読ませてもらって
ます。

190 :(・ω・):08/08/03 02:35:32 ID:fwAemMrc
age

191 :ヴァナデール紀行:08/08/07 21:15:29 ID:Qmlina7u
バタリア丘陵

「ふぅん。今はこんな値段なんだなぁ」
ルークがバタリアに並ぶバザーを冷やかしながら歩く。
「わ、ね。ルーク。美味しそうなケーキがあるよ?」
「って、すでに買ってるじゃないか!!」
「だってはじめてみるケーキだったから。
レシピ教えて欲しいなぁ。パティシエさんかな?」
久し振りのジュノのそばのバザーは
二人を刺激するものにあふれていた。
「ねね。ルーク、あっちの売り手さん
ゴブリンの帽子かぶっていたよ」
売り手が目立つのも、一つの商売方法だ。
「へぇ、面白いな」
ととっと草原を歩いていると、ルークの肩にとんっと人の手が触れた。
「ん?」
「こんにちわ、お目にかかるのは初めてですね。リクルクさん」
本名を呼ばれ、ルークの眉がピクッと跳ね上がった。
「しらねぇなぁ。誰だ?あんたら」
目の前には、チュニックを着たタルタル。
そしてその背後に、強屈なガルカとエルヴァーンを従えていた。
「お二人がご一緒に旅をしているの言うのは本当だったのですね。
見つけるのに苦労いたしました。ミスティアノリアさん」
ミストはタルタルを見て、目を細めた。
「人違いじゃないかなぁ?」
のんきなミストの言葉にルークはうなずく。
「残念だが、別人だな。俺達はそんな名前じゃない」
「こちらでゆっくり話しませんか?
もしよければ、最高のサンドリアティとロランベリーパイご馳走しますよ」
「そんな義理はねぇな」
ルークの言葉にタルタルは首をかしげ
瞳で笑った。
「いまさら…身元は割れているのですよ。お二人とも。
いらない小芝居は結構です。
私はHNMLSクラウンのリーダー代理のルルヴァルです」
差し出す小さな手を握らずルークとミストは顔を見合わせた。
しらばっくれるのは難しいようだった。
ルークはしばらく思案し、小さく舌打ちした。
「だめだわ。ミスト。後ろのガルカ、顔見知りだ」
昔顔を合わせた程度だが、ルークには見覚えがあった。
「……そっか」
ミストは吐息をついた。
「こちらへ」
「ジュノじゃないのか?」
ルークの言葉にルルヴァルはうなずいた。
「お二人はジュノでは
まだ会いたくない方もいらっしゃるでしょうから」
「無駄に有名人だと困るね。どうも」
ルークは肩をすくめてルルヴァルの後をついてゆく。
びゅうびゅうと強い海風が吹くバタリア丘陵。
その風を避けるように小さな洞窟に入った。
「なかなかルピゥスの煎れるお茶は美味しいんです」
タルタルが笑み、ルピゥスと呼ばれたエルヴァーンは無言でお茶をいれた。
高貴な香りのサンドリアティは、確かに美味かった。


192 :ヴァナディール紀行:08/08/07 21:18:02 ID:Qmlina7u
「で?」
ルークの言葉にルルヴァルはペコンと頭を下げた。
「まずは隠遁していらっしゃるお二人を捜し当てた非礼
お許しいただけると助かります」
「ふん」
「で、なにかな?」
「お二人には、是非我らにご協力いただきたい」
ルルヴァルは洞窟に座り、ルークの目を見て言った。
「協力…何するつもりだ?お前さんたち」
「我らのLSを戦闘中に攻撃した者を突き止め
正当な処罰を与えたいと思っています」
「………」
「俺たちには関わり無い話しだな」
ルークの言葉にルルヴァルは首を横に振った。
「いいえ。アーヴィさんご存知ですよね?」
「アーヴィ?!」
はっと二人は顔をあげた。
ルークとミストのかつての気のいい仲間であり、
そして、ルオンの庭に生きて抜け出せた赤魔道師だ。
ただ…恋人を殺され、その恨みを持ちながらルークたちの前から存在を消したが…。
「アーヴィさんがおっしゃるには、
我々の敵とあなたたちの敵は同一な者である。
敵はタルタル族であり、HNMLSに恨みを持つものだ、と」
「…そう…なのか」
敵の存在を見ていないルークには
あいずちしか打てなかった。
「ええ。力が必要なのです。
魔力を使い人が人を殺す。
そんなよこしまな思考を持つもの相手には
情報と団結という力が必要なのです」
「タルタル族一人と戦うのに大仰過ぎはしねぇか?」
ルルヴァルは小さく笑って首をかしげた。
「貴方はウィンダスの至宝シャントット様と闘うといったら
どれほどの戦力を用意いたしますか?
あの方はまさに一人で千人の部隊と戦う事も可能かと」
「…――嫌なたとえを出すなよ」
ルークはうんざりとそっぽを向いた。
「是非、お2人の力をお借りしたい。
『神々の背中を守る者』といわれたリクルクさんと
『アルタナに愛されしもの』といわれたミスティアノリアさん。
お二人が我らと共に戦ってくだされば
こんなに心強いことはありません」
ぐっと身を乗り出し、ルルヴァルは語る。
ルークは小さく首を横に振った。
「無理だな。俺たちは前線を退いた。
もう、戦いの日々ではなく、安らかな日々を送りたいんだ」
ルルヴァルは食い下がる。
「休むには二年は短かったですか?
そして、お二人とも…まだまだ戦えるようにお見受けいたしますが」
「体の問題じゃねぇよ。心の問題だ」
「それも、私には十分充実しているように見えます」
ルルヴァルの言葉にルークは舌打ちした。
「嫌だっつってるだろう」
ルークの粗い語尾にふっと、ルルヴァルは話を変えた。


193 :& ◆b36X4LzTSc :08/08/07 21:19:47 ID:Qmlina7u
「HNMハンターってなんだかご存知ですか?」
「HNMと戦う者だろう?」
「そう。各国の軍隊ではない。
自分達の意思で自由に動ける冒険者です。
そして、巨大なモンスターと戦える者です」
「あぁ」
「そのHNMハンターが狙われるという事は、
巨大なモンスターに優位にたてるチームが潰されるという事
HNMハンターが潰されれば
それはじきにモンスターの優位な世界が来るという事です」
「また…ぶっとんだ理屈だな」
ルルヴァルは微苦笑する。
「お二人は少し人よりお強いから…感じずらいかもしれませんが
普通の人間は自国周囲のモンスターすら命を落とすほど危険な存在です。
人は、ヴァナディールではまだまだ脆弱な存在です。
強い爪も、身体を覆う固い鱗もない。
でも、人はその賢さで、群れ戦うテクニックを磨き
武器や防具を作り、強大なモンスターと戦うことが可能になりました。
HNMハンターはその最先端を行っていると自負しています。
ですが…。
HNMハンターのチームがやられるということは…
モンスターの台頭を意味します。
人が優位だった世界がくずれ
モンスターが力を蓄え、獣人の支配を広めるでしょう。
最近のコンクェスト…みていますか?」
ルークとミストは眉をきつく寄せた。
「冒険者がアトルガン皇国に流れている。
アトルガン皇国は、周囲の獣人に押され頻繁に市街戦を行い
冒険者も多量に必要です。
でも…コンクエストを見ればわかります。
最近は、このジュノ周辺も…獣人支配に落ちる事が多い。
獣人が力をつけているのです。
そんな時に、HNMハンターが狙われ、
人はさらに力を弱める。
偶然ですかね?そこに策略はないと思いますか?」
ルークとミストはぞわりと鳥肌を立てた。
見えない何かが、地下でうごめいている気がして…。
「一介の冒険者にそんなこと、語られてもな」
ルークは肩をすくめた。
「冒険者だから、逃げてはいけないとは思いませんか?
我々は一般の街人より闘う力がある。
その力は、世界のために使うべきだとおもいませんか?」
「ちょ…まってくれ。
あまりに話が壮大すぎる…」
「HNMハンターの大きいLSは
ほとんど打撃を受けています。
わかりますか…?
大げさではなく、何かが動いています
そして、今のうちに手を打たないと、取り返しがつかない事になるかもしれない」
ルルヴァルの言葉にルークは眉を寄せた。


194 :& ◆b36X4LzTSc :08/08/07 21:21:55 ID:Qmlina7u
ミストは淡く、嘲笑う。
「どうして、そんなに力で解決しようとするの?」
「ミスティアノリアさん?」
「戦うとか、力とか…。
敵が何を考えてるかルルヴァルさんはわかるのですか?
すべてが貴方の憶測でしかない。
貴方一人の憶測で世界の未来を語られても、僕には信じられない。
それに、戦えば憎しみが生まれる。
双方に傷が残る。
そして憎しみは恨みを、恨みは憎しみを。
永久に終わる事の無い紅蓮地獄だ。
人かモンスターか…どちらか完全に叩き潰すまで終わらない戦いになる。
戦う以外の道はないのかな?
本当に貴方のいう事は正しいのかな?
僕にはルルヴァルさん。貴方の言葉に納得しきれないものを感じます」
ミストの言葉にルルヴァルは苦笑する。
「中々の、論客ですね。ミスティアノリアさん」
「どういたしまして。自分達の憎しみを正当化して
世界のためにとか言う人は申し訳ないけど信じられないのでね。
まだ私利私欲で戦ってくれたほうが
僕にはすっきり納得できます」
ミストの言葉にルルヴァルはふっと吐息をついた。
「なるほど。奇麗事語り過ぎましたか」
「そうですね」
「でもね。ミスティアノリアさん。
僕が言ったことは事実です。
勿論私怨もあります。
でも…何故HNMハンターが襲われるのか。
その事をちゃんと考えたほうがいい」
「確かに、それは軽視できませんが、ね」
「ごいっしょには行動していただけませんか?
貴方のような聡明な方が、そばに欲しい」
ルルヴァルはミストを見て首をかしげた。
「あいにく。まだ我々は旅をし足りないので…」
「もったいない。本当にもったいない。
それだけの知識と力と智恵をもつお二人が
一介の放浪者でいるなんて人材の無駄づかいです」
「それこそ余計なお世話です。ルルヴァルさん」
ルルヴァルは笑って小さなリンクシェルを差し出した。
「気が向いたら、連絡をください。
荷物の隅に入れておいてください」
「………」
「お二人に仲間になっていただきたいですが
今すぐと、無理強いはしません。
必要なときは我々は無償でお二人に力も貸します。
クラウンがあなたたちのバックにあると思えば
荒野の旅も少しは安心でしょう。
何より…我々も情報が欲しいですし、
お二人に情報を差し上げる事も出来ます」


195 :& ◆b36X4LzTSc :08/08/07 21:24:26 ID:Qmlina7u
「いらねぇ」
「頼ったら高くつきそうだしね」
2人の呟きにルルヴァルはこれだけは譲れないというように
ミストの手に小さなリンクシェルを握り締めさせた。
「お願いします。持っているだけでいい」
「…」

「では失礼します。
気が向いたら、その気になったら、
我々はいつでもお二人を歓迎いたします
ミストさん、ルークさん」
にっこり笑ってルルヴァルはガルカとエルヴァーンを引き連れ
ジュノに帰っていた。
小さなリンクシェルと苦い後味が、ミストとルークには残った。


追記


「奴らのいう事…本当だと思うか?」
ルークの言葉にミストはうなずく。
「うん。
大きな何かが動いているのは事実だと思う。
コンクェストも確かに…獣人支配が増えているし
人は追い詰められ始めているのかもしれない。
もう、戻れない破滅へのノーリターンポイントは近いのかもね」
ノーリターンポイント。
歴史の分岐点であり、その先にすすめば修正はきかない未来となる。
未来を変えるには、今が大切なのかもしれない。
「ミスト…」
「でも、僕らが協力するかどうかは別物だよ」
「いいのかよ…」
「いいんだよ。僕ら二人がどうこうしたって
亡びる時は亡びるよ。人は栄えすぎた。
そうおもうよ」

ミストは優しすぎる男だから…
人間の非に自らの死をもってつぐなうくらいは
わけもなくしそうだ。
ミストの言葉にルークは雲に澱んだ空を見上げた。

「なぁ…
青い空が、見たいな」

「そうだね」
ミストは立ちあがる。
「滝でも見にいこうか」
「おう」
二人は重い空気を振り払うように、歩き出した。

                  END




196 :& ◆b36X4LzTSc :08/08/07 21:41:36 ID:Qmlina7u
あとがき

たくさんのお言葉と歓迎を下さりありがとうございました。

今回のお話ははじめましての方にはさっぱりわからないかと思います。

もしご興味をいただきましたら、WIKIにあげてくださったお空あたりのお話を
参照していただければおぼろげながらにお話がつながるかと思います。
すみませんっ。お手間のかかるお話になってしまって。
改めてWIKIを守ってくださる皆様に感謝をささげます。


『いつか桜の咲くころに』の作者様
うれしいお言葉をありがとうございました。
私のほうこそ素敵なお話を拝読させていただけて幸せでした。

>184様

私のお話には、私のLSメンバーが名前を少し変えて出ております。

私はヴァナディールを普通に旅する普通くらいの理解度の冒険者ですが、
フレンドでとてもヴァナの歴史や文化世界に詳しい方がいて
わからないときにはいつもフレンドに聞いております。
それでも、理解が甘いことが多々あるのですが…
歴史的事件はそれとして、ヴァナの風を感じられる物語がかけたらいいなぁと
漠然と思っております。

読んでくださる皆様に感謝を。
ありがとうございました。

暑い日々ですが、夏ばてや熱中症などに気をつけてお過ごしくださいませ。

N 拝

197 :(・ω・):08/08/13 01:32:20 ID:CT7CEB9x
紀行の作者さんきてるー!
今回も楽しく読ませていただきました。
何やら話しもきな臭さが出てきましたね〜。
ミストとルークの活躍も読みたいですが、彼等に平穏をとも思ってしまいます。
次回も楽しみにしてますが作者さんもお体大事にして下さいね。

198 :BeniBana:08/08/17 15:20:36 ID:6xRSGyxM
ヴァナディール紀行、全部読みましたー
こういうあっさりした短編の連作ってなかなか書けなくて、尊敬します。
続きを楽しみにしています。


え、紅花? ハハハ、途中まで書いて、納得いかなくて書き直し中です・・。
いつになるやら・・・・すいませんですはい。

199 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 00:58:15 ID:e6/3PdTb
 その人は常に黒いドレスを身に纏う。深い夜のように静かに佇み、深い闇の
ような深淵を抱える。その淵まで悲しみを湛え、喪服のようなドレスで立つ。
 一目見たときから、その姿が強烈にまぶたに焼き付いた。その歌声を聴いた
ときには、もう心は囚われていた。そして、考えられぬ行動に出ていた。
 「そこの人、出ていらっしゃい。・・・くすっ、その柱に貴方の大きな体を
隠すのは難しいわ」
 王女が一人になる時間を調べ上げ、彼女の部屋まで完璧に忍び込んでおきな
がら、わざと見つかるように柱に隠れる。そんな男が可笑しかったのか、彼女
は笑っていた。
 今更ながら自分の所行に、俺は顔を赤くしながら出て行った。ノルバレンの
とある城。そのテラスでのたった一度の・・・・・忘れ得ぬ記憶。
 「あら、貴方でしたの。お仕事のお話かしら、商人さん?」
 そう言われて本当に気恥ずかしくなって、俺は頭を掻いた。
 「いや、実は・・・・貴方の唄に誘われたというか・・・・・個人的に話が
したかったのだ」
 語尾がしぼんでいく俺の言葉に、王女は目を丸くして、そして笑い出した。
 「バストゥークのエージェントに仕事を忘れさせるなんて、私の唄もなかな
かのモノね。お世辞でも嬉しいわ」
 「いやっ、本当だ。・・・・ただ・・・」
 逡巡する俺に王女は首をかしげて言った。
 「ただ?」
 「・・・・・貴方の唄はとてもすばらしいが、悲しそうだ。俺は貴方の幸せ
な唄が聴いてみたい」
 不躾な男の不躾な言葉に、彼女は再び驚いて目を見開き、笑って首を振った。
 「・・・・・もう忘れてしまいました。私の唄は多くの騎士を死地へ追いや
った唄。自分で選んだ道ですけれど、私は背中に向かって唄いすぎたのかもし
れません・・・・あら?」
 彼女の語尾が震える。深い心の淵を乗り越え、涙が頬を伝う。
 「あら・・・あらあら・・・・ごめんなさい・・・どうしたのかしら」
 俺はポケットから純白のハンカチを取り出し、差し出した。黒ばかりの彼女
だからこそ、その白が際立つ。


200 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:00:03 ID:e6/3PdTb
 悲しみに心が麻痺し、己が落とす涙に戸惑うこの女性が悲しかった。麻痺し
た心からあふれているのは彼女の唄ってきた想い。呪歌の呪いが聞き手の背中
を押して、彼女の想いは彼らに追いつけない。
 ・・・・・救いたい。そう思った。
 「ありがとう・・・・」
 頷いて彼女を見る。彼女は微笑んでハンカチを畳んでいた。
 「差し上げる」
 無骨なバストゥークの物ではなく、タブナジアの製品なので使って頂ければ
・・・・と俺は告げた。
 「タブナジア・・・貴方は世界中を飛び回っているのですね」
 俺は再び頷いた。バストゥーク商務省のエージェントとして、彼はいろいろ
な任務をこなしてきた。バストゥークという国で這い上がるために、いろいろ
な出来事の裏を見てきた。
 「イヴォン・ボナールという人をご存じですか?」
 無論、その名も今の彼の動向も把握していた。国外追放となり、タブナジア
に滞在する彼は、ナフィベール王子の武装蜂起に対し何の行動も起こしていな
いという報告だ。
 「あの人は・・・今・・・・・・・いえ、お元気なのでしょうか?」
 「タブナジアで知古の貴族に身を寄せていると聞いている。若い戦士達に剣
を教える毎日だとか」
 「そう・・・あの人は、新しい生き方を見つけられたのでしょうか・・・・」
 彼女は口元を押さえ、うつむいてしまった。その瞳が潤んでいるのも、その
頬が赤いのも、先ほど流した涙の仕業ばかりではあるまい。
 ならば、俺のすることは−−−−−−−




201 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:02:17 ID:e6/3PdTb
 「なぜだっ!! なぜナフィベール殿下の声に応じてくれない!?」
 目の前に佇む、元回廊騎士団長イヴォン・ボナールに俺は声を荒げ問いかけ
た。昨年起こった『二王会戦』により東西サンドリアの争いは決着したが、東
サンドリアの残存勢力は諦めていなかった。ギョホンベール王の遺児であるナ
フィベール王子を担ぎ上げ、ノルバレンにて独立蜂起を行ったのだ。
 「東サンドリアは敗れたとは言え、その勢力は未だ健在。ナフィベール殿下
が起ち、一戦し勝利すれば、同調する者は必ず現れるはず。そうすれば−−−−」
 「再びサンドリアは分裂し、まとまりかけた国は乱れ、いらぬ血が流れるだ
ろう。・・・・・あのロンフォールでの戦いはまさしく決戦だった。そして、
我々は敗れたのだ。敗者には敗者の守るべき矜持がある・・・・・今の私が守
るべきものは、それだけだ・・・・・ゆえにっ!!」
 イヴォンの視線に俺は慄然と凍り付く。底冷えのする怒りが視線に宿ってい
た。
 「グサヴァー・・・・と言ったな。私がお前達バストゥークの思惑に乗るこ
とはない。回廊騎士達も同様だ」
 「だが、マルグリット王女は貴方を待っているっ!」
 「貴様っ!」
 イヴォンの腕が俺の胸ぐらを掴み締め上げる。反射的に俺も彼の腕を掴んで
はずそうとするが、まるで動かなかった。
 「貴様がっ、貴様らバストゥークがそれを言うのか!! 彼女を再び戦いへ
追いやった貴様らが!!!!」
 イヴォンが上げる怒りの声は当然だった。しかし、そんなことは関係ない。
 「ぐっ・・・バストゥークなど・・・・関係ない。確かに、俺は・・・・サ
ンドリアに再び内乱の芽を植える為に派遣された。だが、もうそんなことは・
・・・関係ないのだ」
 「なに?」
 イヴォンの腕を、満身の力を込めて引きはがす。ギリギリと骨が軋んだ。
 「マルグリット様を助けてくれ・・・・・まるで、唄う事が罪を重ねる事の
様に、心を削って唄うあの人を救ってくれ」
 「貴様・・・・」
 イヴォンの腕から力が抜けた。しかし、俺はその腕を放さず懇願する。


202 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:04:18 ID:e6/3PdTb
 「お願いだ。あの人を死なせないでくれ。あの人の悲しそうな唄を止めてく
れ。俺に幸せそうに唄うあの人を見せてくれ。あの人の本当に唄を! 聴かせ
てくれっ!!」
 恥も外聞もなく、俺は頭を下げた。しかし、イヴォンは俺の手を振り払う。
硬質な声が響いた。
 「それは、私には出来ない。私はここを動けない」
 「なぜだ!? なにもしないと言うのか!?」
 俺の非難がましい声に、イヴォンは瞳を閉じ顔を伏せた。
 「・・・・どのみち、もう遅い。ランペール王は甘い人物ではない。あのエ
ルパラシオンとヴォルダインが、反乱鎮圧に派遣されたそうだ。武装蜂起は瞬
く間に鎮圧されるだろう・・・・・逆に利用されたな」
 竜騎士エルパラシオンと神殿騎士ヴォルダイン。この二人が反乱鎮圧に派遣
された事には理由があった。
 この時、ランペール王自身は王都を離れることが出来なかった。彼は王都に
入ってまだ日が浅く、その足下は今だ危うい。王都を護ってきた神殿騎士団は
向背がはっきりせず、治安も安定しない中で王都を空けるわけにはいかなかっ
たのだ。
 そこで彼は、ナフィベール王子の起こした反乱を逆手に取った。神殿騎士で
あるヴォルダインを、長年の忠臣であるエルパラシオンと同等に扱うことによ
り、神殿騎士団の地位を安堵する態度を示したのだ。
 さらに、東サンドリアの反乱を神殿騎士に鎮圧させることにより、神殿騎士
団自身に東王との決別を内外に示させたのである。
 これにより、ランペール王は神殿騎士団を掌握し、王都での足下を固めるこ
とに成功するだろう、とイヴォンは語った。さらに−−−
 「ランペール王は、私と回廊騎士が反乱に参加しない事を条件に、王子達の
助命を約束された。無論、その中にはマルグリット様も含まれる。・・・・故
に私は動かぬ。・・・・動くわけにはいかぬ」
 その言葉に、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。呆然とする尻目に、イ
ヴォンは踵を返した。
 「これでもはや、サンドリアが分裂することはない。もう、王女が戦場に立
つ必要もないだろう。今後どうするのかは、王女の自由・・・・。もし、その
気があるのなら、あの人を支えて差し上げてくれ」
 背中越しにそう告げ、彼は去っていった。




203 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:06:23 ID:e6/3PdTb
 俺は走っていた。ノルバレンの城は戦場の音に包まれていた。怒声、剣戟、
魔法の轟音、扉や建物が破壊される音。もはや、ここが落ちるのは時間の問題
であり、それはナフィベール王子の反乱が潰えることと同義であった。
 エルパラシオンとヴォルダイン。二人の優秀な騎士は、たった三ヶ月で反乱
を鎮圧してしまったのだ。あまりにも見事な手腕だった。
 愛用の片手斧を持ち、俺は彼女の部屋の前にたどり着いた。
 イヴォンが彼女達の命を救うために動けないでいた事を、俺は彼女に話さな
かった。話せなかった。いつか来てくれると信じている彼女から、光を奪うこ
とが怖く、それほど彼女に愛されいるイヴォンが憎かった。
 取っ手を掴み、彼女の部屋の扉を開いた。彼女が避難させた使用人の姿もな
く、護衛の騎士も最後の抵抗に討って出ており、居ないのは確認済みだった。

 バストゥーク本国はすでに王子の反乱に見切りを付けており、俺は仕上げの
任務を完遂し帰還せよとの命令を受けていた。

 開け放たれた扉の奥から歌声が聞こえてきた。弱々しく、寂しげな歌声。い
つもの歌声だった。戦場では厚く、張りのある声で騎士を鼓舞する彼女が一人
で唄う歌はいつも、儚げで悲しかった。
 俺は部屋に足を踏み入れた。
 部屋の中央、大きな背もたれの椅子が、その背を向けている。その背の向こ
うから唄だけが聞こえていた。
 「マルグリット王女。お別れのご挨拶に参った」
 俺の声に彼女の唄がとぎれた。
 「ここに、敵兵が来るのも時間の問題だろう・・・・・もう、貴方の戦いは
終った」
 彼女はなぜかほっとしたように溜息を吐いた。
 「そうね・・・・これで東サンドリアは本当に終わり。もう大きな反乱を起
こす力は残らないでしょう。・・・・私の役目も終わりました」
 その言葉に、俺は得心した。
 「貴方は、この反乱を成功させるつもりなど無かったのか。東サンドリアの
最後の力を奪うために、あえてこの反乱を起こさせて、そして失敗させたのか」
 「ふふ・・・・そんな大仰な事を考えてたわけではありません。ただ、成功
しないだろうと思っていただけ。貴方達バストゥークに援助をお願いしたのも、
この反乱に成功する目があると、負けを認められない諸侯に思わせる為だったの」
 東サンドリアの諸侯もバストゥークも、この歌姫に踊らされたのだ。
 「してやられたな。貴方は東サンドリアとバストゥークを手玉に取った」
 俺は賞賛の言葉を投げるが、彼女の声は沈んだままだった。


204 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:09:03 ID:e6/3PdTb
 「・・・・そんなに気持ちの良いことじゃないわ。兵士達を勝てるはずのな
い戦に送り込んだのですもの。・・・・・でも、もう終わり。彼らには向こう
で謝る・・・わ」
 尻すぼみに消えゆく彼女の声。心臓に氷杭を打たれたような怖気が走る。俺
はあわてて彼女の正面に回った。
 「! ・・・・マルグリット王女!!」
 彼女は焦点の合っていない瞳で俺を見た。その手首には一筋の傷。動脈には
達していないのか、流れ出た血の量はたいしたことはない。だが、その傷を付
けたであろう落ちたナイフを手に取り、その不自然に曇った刃を見て俺は呻い
た。
 「毒をっ・・・・」
 「斬られる・・・痛みを知って・・・死のうと思ったの・・・・ですけど・
・・・・駄目ね・・・・やっぱり痛くて・・・・それに頼ってしまいました」
 エルヴァーン特有の褐色の肌が赤みを帯びている。その様子からもはや助か
らないと、俺はわかってしまった。膝の力が抜け立っていられない。彼女の前
に跪き、俺は座る彼女と目線を合わせた。
 「どうして・・・・貴方の戦いはやっと終わったと言うのに! 貴方も新し
い生き方を出来るはずだったのにっ!! そう、明るい歌を唄って生きていく
ことも出来た・・・」
 彼女は微笑んだが、それはどこか自嘲を含んでいた。
 「・・・・私はもう・・・・誰かが側にいると唄えなくなっているの・・・」
 その言葉は落雷の様に俺を打ち据えた。思い返してみれば、彼女はいつも一
人で唄っていた。俺は隠れて聴いていたのだ。俺に気がつけば、彼女は唄うの
をやめていた。
 「・・・・この唄で、私は・・・・人を殺しすぎたのね・・・・・私の唄は
穢れてしまった」
 「そんなことは!! ・・・・・・そんな・・・・ことは・・・・・」
 声が震える。頬を熱い滴が流れ落ちた。彼女の手が伸ばされる。その手には
見覚えのあるハンカチ。そっと、彼女の手が俺の涙を拭った。俺はその彼女の
手を取った。
 「ありがとう・・・・泣いてくれて・・・・・」
 「マルグリット王女!!」
 俺は彼女の名を叫んだ。しかし、彼女の目はもはやなにも見ていない。その
口から漏れる言葉もうわごとに近かった。
 「イヴォン様・・・・ああ・・・・・もう一度だけ・・・会いたかった」
 俺は彼女の前で跪き、彼女の手を取ったまま身じろぎすることなく、彼女の
呼吸が止まるのを見届けた。
 そして戻るつもりの無かった本国へ戻り、サンドリアでの最後の任務、マル
グリット王女の暗殺が完了したことを報告した。

 「ご苦労だった。下がってよろしい。エージェント・ダブルギア」

 常に無機質なヒュームの上官の声が心地よく聞こえ始めたのは、この時から
だった。
 グサヴァーというガルカの青年は、無機質な組織の歯車へとその姿を変えた
のだった。


205 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:11:57 ID:e6/3PdTb
 クォン・ミンダルシアの両大陸を結ぶ『ヘヴンブリッジ計画』
 その第一段階として、バタリア丘陵とロランベリー耕地を結ぶ橋梁が、着工
して三年、遂に繋がった。まだまだ完成とは言えないが、橋としての機能には
もはや不備はない。ロランベリーと海運業で都市国家と呼べるまでに成長した
ジュノを経由する、サンドリアとバストゥークの新たな交易路が完成したのだ
った。
 初夏の日差しの中、橋の上を、大柄な影が歩いている。バストゥークの役人、
ダブルギアだった。
 「ふぅ〜・・・・」
 彼は息を吐くと、橋からジュノ海峡を眺め、手を掲げて輝く太陽から目を守
りながら空を見上げた。そして自分が歩いてきた後を振り返った。所々に着飾
った上品な人物達が、珍しそうに橋を見ている。新たな交易路の完成と、サン
ドリアとバストゥークの友好を記念した式典が今日開かれるのだ。
 ダブルギアもまた、バストゥークの商務省の役人として『ヘヴンブリッジ計
画』に携わっている。だが、式典には参加しない。彼の役割は常に裏方。この
ように日の光を浴びる舞台は、ヒュームの上役の仕事だった。
 彼は、何度も工事の進捗状況を見るために訪れた橋の上で、海峡に架けられ
た新たな道の上で、眩しそうに目を細めた。
 そうして感慨にふけった後、彼は前に向き直り、橋から海峡を眺める招待客
の一人に話しかけた。
 「良い眺めだと思わないか?」
 「絶景ですね。海峡の真ん中まで、自分の足で来る事があるとは思っていま
せんでした」
 そう言ってダブルギアに向き直ったのは、太陽に輝く白銀の髪をもつエルヴ
ァーン。カリウィスだった。
 「たしか、式典参列者には、貴殿の代理としてあのアドリアンという男が来
ていたはずだが・・・・・・なぜ、ここにいて、その上、俺を呼び出す?」
 「心配ご無用。アドリアンならば、私よりも式典を盛り上げてくれるでしょ
う」
 確かに、あの赤毛髭の騎士は、ボナール将軍の反乱を鎮圧した部隊の騎士と
して、招待した側の意図に十分に応えていた。普段のオカマ言葉はナリを潜め、
低い声での語り口は他の招待客の耳を捉えて話さない様子だった。だが、
 「そういうことでは無いのだが・・・・まぁいい。用件を聞きたい」
 「よけいな会話は時間の無駄ですか。ガルカというのは見た目通り、質実剛
健なのですね」
 ダブルギアは応えず、腕を組んだ。その様子にカリウィスは苦笑し、前髪を
掻き上げた。
 「貴方なら知っていると思いましてね。キリリさんの居場所を」


206 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:14:41 ID:e6/3PdTb
 キリリは古墳での戦いが終わった後、人知れず姿を消していた。古くからの
仲間を失った後の失踪に、ベルナデットなどは気が狂わんばかりに心配してい
た。
 「・・・・・彼女を捜してどうするというのだ?」
 「もう一度、自分の耳で確かめたいのです、真実を。私は父から聞かされた
だけなのでね」
 「そっとしておこうとは思わないか?」
 「それでは、残された者はどうなると思います? 私は死者よりも、今生き
ている者を尊重したいのでね」
 ダブルギアとカリウィスの視線が交差する。全てを知り諦観を宿した老いた
瞳と、進むべき未来を見据えた若い瞳が。
 ダブルギアは苦笑を刻んだ。
 「・・・・いいだろう。チョコボを用意しよう。ついて来ればいい」
 「どこへ行くのです?」
 「・・・・墓参りだな」



 起伏の激しいバタリア丘陵だが、二人が騎乗するチョコボは難なく踏破し、
風を切り走っていた。サンドリア騎士であるカリウィスがチョコボの扱いに長
けているのは当然として、その手綱さばきにダブルギアも難なく合わせていた。
二騎のチョコボは見事に併走し、丘陵を駆け抜ける。
 「今の内に、私が父から聞いた話をしますから、なにか思い違いがあったら
教えてもらえませんか?」
 「・・・・わかった、いいだろう」

 ナフィベール王子の反乱『三月王国事件』後、バストゥークに戻ったダブル
ギアは、何かに取り憑かれたように働いた。ガルカが出世するのが難しいバス
トゥークで、気がつけば商務省で『ヘヴンブリッジ計画』に携わるガルカ労働
者を統括する立場に成っていた。
 三年前にジュノに来てから、彼はそれまで足を向けなかったマルグリット王
女達が眠る墳墓に通うようになった。20年近い歳月を経て、やっと過去に向
き合えるようになった結果であった。
 墳墓に墓参りに通うようになって、彼はキリリと出会った。二人とも直接会
った事は無かったが、相手のことは知っていた。細作、諜報員、工作員にとっ
て、最も警戒するべきは同業者なのだったから。
 しかし、二人ともすでにその道からは引退した身だ。同じ裏の世界を歩いた
者同士、互いに敬意を持って死者に花を手向けるのみだった。
 心地よい無言、不干渉・・・・・墳墓はいつも静謐な時間が流れていた。
 だがある日、その静謐が破られた。


207 :BeniBana.7『真実』:08/08/26 01:16:53 ID:e6/3PdTb
 わずかに漂い始めた、二人にとって嗅ぎ慣れた匂い・・・・死の匂い。それ
は日増しに強くなり、やがて墳墓を覆い始めた。
 死者は未練によって蘇る。死の匂いの元凶をたどったダブルギアとキリリが
辿り着いたのは・・・・・マルグリット王女の棺だった。

 −−−イヴォン様・・・・ああ・・・・・もう一度だけ・・・会いたかった−−−

 「どきなっ! ダブルギア!! 蘇る前にもう一度滅さなくちゃあ、大変な
ことになるのがわからないのかい!!」
 「断る。俺は今度こそ、彼女の願いを叶えなければならん」
 マルグリットの棺の前で二人は戦った。

 「・・・・正直、あの時は死ぬだろうと思っていた。現役の頃もだが、今で
も彼女と俺とでは技量に大きな差がある。本当ならば到底敵わぬはずだった」
 ダブルギアの言葉に頷き、カリウィスは話を進める。

 だが、ダブルギアは死ななかった。キリリの動きは大きく精彩を欠いていた。
彼女は迷いの中に沈んでいたのだ。決着はつかず・・・・やがてキリリは刃を
下ろした。
 「できない・・・・許せない・・・・」
 キリリはクナイを握りしめ、うつむいて涙を落とした。絞り出すように呟く。
 「あの人が・・・・団長が、病に殺されていくなんて許せない・・・・・そ
んな姿は見たくない」
 この時、イヴォンは本人も知らされていなかったが、死に至る病に冒されて
いた。食欲不振と倦怠感。寄る年波に