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民明書房〜FF編

1 : ( ・ ω ・ ) ◆VhaLdA5Y:04/03/14 09:34 [ XZINyPx6 ]
おまいらがしってる民明書房を語れ。
参考文献
http://www.is.osaka-kyoiku.ac.jp/~a9608m/minmei.html
http://yokohama.cool.ne.jp/nikutaijin/minmei.html
http://www1.mahoroba.ne.jp/~kemorin/minmei/minmei.html
http://www.geocities.co.jp/Playtown/9445/o1.html

314 :(・ω・):05/05/22 00:54:41 ID:FBt6Nzxp
兵菅(ヘイスガ)
明の時代、雅瑠宇多(ガルウダ)なる女将軍がいた。
その武術もさる事ながらその美貌ははるか異国の王子までもがわざわざ足を運ぶほどだったという。
美貌、人格に優れ、出身、身分を問わず部下を適材適所において使い分け、
ひとこと号令をかければ幾万の軍が一斉に動き、その速さは雷光の如しと恐れられた。
が、その割に詰めが甘く、異民族の撃退はすれども殲滅をせず、なんども敵に攻められる結果となった咎で彼女は故郷、吃苦(きつく)に帰された。

この女将軍、しとやかな振る舞いに反し、精力もまた絶大で数百の兵を管に詰め込んで夜の相手をさせたという異説もあり、
その名器たるやこちらも凄まじく、あっという間に兵達は精を吸い尽くされ、次々管に戻されたことから高速で男達を動かす技を兵菅と呼ぶようになったという。
いまでも使えないものを帰す場合、キックというが、之は彼女の故郷、吃苦にちなむのは言うまでもない。

民明書房刊。「ああ将官よ永遠なれ」より。

別スレで考えたが、せっかくだから保存用にこっちにコピペ。

315 :(・ω・):05/05/22 07:28:51 ID:k2T607If
無音苦(モンク)

時は三国時代、ある山奥に汰流茂という一人の武闘家がいた
素手による武術を得意とし無敗を誇っていた
彼は対戦した相手を一瞬で死に至らしめるため
見物人からは「苦しむ音(声)すら聞こえない」と尊敬と畏怖の念をこめて
彼を無音苦と呼んだ

汰流茂を倒して無音苦と呼ばれたいがために数多くの武闘家は日々修行に励んだ
しかし修行方法の一つ、麗武凛虞(れいぶりんぐ)はあまりにも長く苦しいものであったため
脱落者が非常に多く、ある者は修行をさぼり漫画を読みふける者を
「茂に近づくには修行が足らず」と茂足(もそく)と呼び蔑んだ
また無音苦になるには学問を修めねばならず、頭が足りない者のことをかげで
「あいつは無音苦になるには頭が足らず」ということを音頭(いんとう)が足りないといった
これらのように修行をこなしていても身体が伴わないものを「脳まで筋肉」と馬鹿にし、
これが脳筋として現在まで伝えられている



民明書房刊「世界で有名な格闘家」より抜粋

316 :(・ω・):05/06/03 10:22:03 ID:Hsc9rh73
age

317 :(・ω・):05/06/11 23:40:34 ID:WaprB6q3
ミンサガをやっていると思い出しそうだ

318 :(・ω・):05/06/20 13:36:27 ID:dYS8oPbH
保守


319 :(・ω・):05/06/29 17:10:33 ID:hGCfoGIQ
保守age


320 :(・ω・):05/07/16 22:54:36 ID:7BwNS/+6
ほしゅ

321 :(・ω・):05/08/27 09:21:13 ID:2lzXayL3
ちょwwwおまwwww
1ヶ月以上www放置かよwwwwwwwwテラワロスwwwwwwwww

322 :(・ω・):05/08/30 21:55:30 ID:gtBoi0sD
>>321
民明書房も新刊発行準備で忙しいんだよw


323 :(・ω・):05/09/16 19:49:23 ID:seHfi9aI
age


324 :(・ω・):05/09/17 04:41:58 ID:1rBJmimK
>>321
今某国に取材に行ってるらしいからな

325 :(・ω・):05/09/25 17:57:34 ID:3FViiMVt
保守age


326 :(・ω・):05/10/04 11:19:42 ID:QxOJAr/T
円月輪(えんげつりん)

陸上競技には、古代オリンピックの頃より「円盤投げ」という競技がある。
あまりにも有名な競技であるが、この競技が、元は恐るべき殺人術が起源である事は、余り知られていない。

エンゲ・チューリンと呼ばれたその殺人術は、古代ギリシャが発祥と言われている。
刃の付いた円盤を投げ、敵の体を切り刻む。
熟練した者が扱えば、その円盤は手元に戻ってくる為、続けて攻撃が可能であった。
遠くの相手に向かって円盤を投げるには、卓越した腕力が必要であり、より遠くへ飛ばせる事が誉れとされた為、当時の男達は刃の付いていない重い円盤を投げて鍛え、その距離を競い合った。
古代オリンピックには既に円盤投げの競技が存在するが、当時の選手達は皆、エンゲ・チューリンの使い手であった為、円盤が戻ってくるケースも多く、余りよい記録は残されていない。
後に、中国の武道家、楓明蘭(ふう・めいらん)が、これにアレンジを加え、刀を流用した棒状の刃を曲げ、手元に返ってくる飛び道具を考案している。

現在遊技やスポーツとして楽しまれているブーメランは、オーストラリアのアボリジニーが発祥と言われているが、最近では前出の楓明蘭の名前でもわかるとおり 中国がその起源であるという説が支配的である。

   民明書房刊 「世界の輪」より抜粋

327 :(・ω・):05/10/27 20:55:30 ID:IBXDNe0v
保守あげ

328 :(・ω・):05/11/15 17:50:27 ID:8dn730jC
保守上げ

329 :(・ω・):05/11/22 14:26:22 ID:/luV5WCQ
狩刈供宝(かりかりくぽう)
その昔、中国の摸具爬雨州(もぐはうす)という地域に蒙倶李(もうぐり)という青年がいた。
昔からその地域は年間を通して雨が多く、作物を育てるのが困難な場所であったにもかかわらず、
その青年はさまざまな作物を栽培することが出来たのだが、狩りに関してはまったくの素人で
村人が狩ってきた獲物を貰って生活をしていた。
一方村人もその不毛の地で作物を栽培できるのが蒙倶李だけだったため、狩ってきた獲物を
蒙倶李に渡す代わりに作物を貰っていた。

そんな共存関係が長らく続くと思われたがある日、蒙倶李が病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
その村では蒙倶李しか作物を作る者がいなかったため、村人たちは大いに慌てたという。
ところが蒙倶李は村人のために自分の栽培の技術をまとめた書を残していた。
その本を発見した者の名を農馬度(のうまど)と言い、蒙倶李の後を受け継いで作物の栽培を行ったという。
その後、農馬度は蒙倶李に敬意を表して農馬度蒙倶李と名乗り、
農馬度と村人たちは蒙倶李の命日に狩ってきた獲物と刈り取った作物を蒙倶李の墓前に毎年供えた。
後にその儀式は狩った獲物と刈り取った作物を宝物として蒙倶李の墓前に供えることから、狩刈供宝と名付けられた。

現在でも栽培を怠り、作物を枯らしてしまうものへの戒めの言葉として狩刈供宝が残っているのは
余りにも有名な話である。


民明書房刊「栽培とその歴史」より抜粋


330 :(・ω・):05/11/22 14:28:23 ID:/luV5WCQ
上げちゃった。
(´・ω・) ハズカシス


331 :(・ω・):05/12/01 18:25:57 ID:OaP0Sarv
保守上げ

332 :(・ω・):05/12/09 14:24:14 ID:LyLAgCHY
【つ旦】
戦国時代、仲の悪い二人の武将がある人物の仲介で和平交渉の席に着いた
しかし仲立ちした人物はこの二人が最後までおとなしくしていられるとは思わなかった
そこで一計を案じた彼は、二人の武将の交渉の場を茶会形式にしたのである
案の定、会談中二人とも議論が白熱しあわやつかみ合いの大げんかになりかける
だが、正座をしていた二人は足が痺れて立ち上がったが動きがとれない
それをころかお互いの痺れを我慢するする姿を見て、顔を合わせた二人は大笑いをすることになった
その後、すっかりうち解けた二人は和平交渉はつつがなく結ぶこととなった
この故事にならい、交渉がつつがなくまとめるために茶を出す事を【つ旦】と言い習すようになった
これが動きを止めるという意味合いで、今日のスタンの語源となっったのである

民明書房「故事に見る交渉の場としての茶の湯の発展」より

333 :(・ω・):05/12/12 10:26:33 ID:ZxeB+9NV
>>332
GJ!
どうFFと結びつくのか最初わからなかったけど、オチで納得w

334 :(・ω・):06/01/07 12:11:52 ID:CckRTeIz
【阿斗流願之秘宝】
三国時代末期魏の名将鐘会・トウ艾によって攻められた蜀の後主劉禅魏には降伏した
彼は魏で丁重な扱いを受け捨扶持で豊かで静かな余生を送ったこととなっている
しかし実際は蜀の再興のため秘密裏に活動を行っていたことが最近の研究でわかってきた
蜀の時代から魏に降伏して捨扶持で喰ってた頃まで蓄財に励み財宝に変えて蓄えていたのだという
その財産で私兵集団を結成し再び中原に討って出ようというのが劉禅の計画だったようである
しかしその計画も劉禅の在命中には形に表れることはなかった
劉禅が自らの死を覚悟したときその財産は彼の指示により近東に隠されてしまうことになる
一子相伝で財宝のありかは伝えられ続ける蜀の再興のために
近年の研究により劉禅の隠し財産があったことがわかるとトレジャーハンターの間では
阿斗(劉禅の幼名)が流れた地で願いを込めて貯めて秘された財宝ということで
「阿斗流願之秘宝」と呼ばれるようになったのは諸兄も知ってのとおりである

民明書房刊「糸○重里もびっくり世界の埋蔵金伝説」より



335 :(・ω・):06/01/26 18:56:32 ID:JQB3e9/7
保守age

336 :(・ω・):06/02/02 19:39:20 ID:hB0T6PH4
保守

337 :(・ω・):06/02/05 00:09:31 ID:XlO5DjJ6
【男神供悦事】(だんしんぐえっじ)
中国が清の時代に異教徒を徹底的に弾圧したことは>>132(梅派・梅徒)の項でも述べた、
この時代に梅教のような悪党の集団だけではなく、や蛇團教(ただんきょう)、薔薇堂教(ばらどうきょう)など
大きな信仰を集めていた数々の真っ当な宗教が消滅、あるいは大規模な縮小を余儀なくされたことは、世界的にも知られていることである。
そんな中、最後まで抵抗を続けた1つの宗教があった。

徹底的に根絶されたため、急速に研究が進められている最近までその詳細がほとんど定かではなかったが、
研究によって現在で言う青海省・亞宗市(あむねし)の璽阿山(じあやま)に本山があったと推測されている。
その宗教は破壊神たる面を強く持つ、男神(おがみ/だんしん)と呼ばれる存在を崇めていたらしい。
男神にも無論呼び名はあったのであろうが、その記録も一緒に失われてしまったために、その名は残っていない。

この宗教は破壊神を崇めているだけあって、破壊する力に優れたもの、すなわち戦いの強者を指導者として崇めていた。
そして、闘争を悦ぶ男神への供物として、新主導者の選定として、四年に一度開催されていた武術大会が、【男神供悦事】である。
大会といっても競技的な生易しいものではなく、一対一で相手が死ぬまで戦い続ける過酷なものであった。
それ故に、大会直前になって遁走するものも後を絶たなかった。
こういった者達は【遁事等】(とんずら)と呼ばれ、敵を前に逃走する者達、として嘲笑されたという。

338 :続き :06/02/05 00:10:52 ID:XlO5DjJ6
話を戻そう。
この男神供悦事において、24年間、6回にの長きに渡って優勝を果たした者がいた。
この者の名前も性別すらもやはり記録には残っていないが、短剣の扱いに非常に優れていた事が伝え

られている。
政府軍との決戦となった、【暁の決戦】(真夜中に行われた大激戦ゆえにこう呼ばれている)において

も、
この者は一人で数百人という軍の兵士達を屠ったとされ、闇の中で一身に浴びた返り血は黒く光り輝

いて見えたという。
が、最終的には多勢に押されて重症を負い、仕掛けておいた罠を発動させて、軍諸共に死亡したと伝

えられる。
後に【己滅塔】(こめつとう)という名であることが判明したこの罠は構造としては非常に単純で、山

の頂に用意してあった
無数の巨大な岩を、最後の手段として自滅覚悟で敵の頭上に転がり落とすものだったようだ。

多大な犠牲を出してしまった軍は、徹底的にこの宗教に関係するものを消し去ろうとしたが、
兵士達に刻まれた恐怖という感情だけはなかなか消し去れなかったようである。

339 :ずれた… 最後 :06/02/05 00:12:12 ID:XlO5DjJ6
後に、指導者が見せた華麗な短剣技と、戦う前に名乗りを挙げた際の「男神供悦事於勝者」が混同され、
その短剣技自体が「男神供悦事」という名であると兵士達の間に広まったようだ。
そして、この技をひそかに研究し、後のアロー戦争の時代には選抜された兵士達がこの技を持って英仏を散々に痛めつけた。
戦争には敗れたものの、「ダンシング・エッジ」と誤って伝えられたこの技は大いに列強に恐れられたという。

また、指導者が身にまとっていた返り血で黒色に光る衣服は、動きやすいように足元を細く絞っていたことから
【黒光足締衣】と呼ばれ、それは後に日本に伝えられた折には、「くろこうたるていい」と誤って訳され、
さらにのちに米国に「ブラック・コタルディ」とされて伝わったそうだ。

なお、本文中にだろう、ようである、などと曖昧な表現が多いが、これは最初にも述べたように
この宗教に関する資料などがほとんど残されず、最近まで研究も許可されていなかったせいである。
ゆえに、重要な記録や記憶が失われてしまうことを、この教団があったと推測されている場所にちな
んで、
【亞宗璽阿】(あむねじあ)と学者達の間では呼んでいるようだ。

民明書房刊【消えていった宗教達】より

340 :(・ω・):06/02/05 00:13:31 ID:XlO5DjJ6
詰め込みすぎて長くなりすぎた。
説明も不足しまくり&強引だがこれで精一杯。
職人さんカムバック…

341 :【マルチポスト】72.236.192.61.east.flets.alpha-net.ne.jp:【マルチポスト】72.236.192.61.east.flets.alpha-net.ne.jp
【マルチポスト】72.236.192.61.east.flets.alpha-net.ne.jp

342 :(・ω・):06/02/15 11:11:52 ID:g1G+nS26
age

343 :(・ω・):06/02/21 11:56:31 ID:btLYC35s
保守

344 :(・ω・):06/04/17 20:47:01 ID:Eo2G6pae
保守

345 :(・ω・):06/05/20 10:08:04 ID:GsBv4/q/
age

346 :(・ω・):06/06/10 18:37:24 ID:jcFWoThY
【ABIT】AN7/NF7が2万を切ったら買うスレ

347 :(・ω・):06/07/02 08:37:00 ID:liy8Yvsy
保守

348 :(・ω・):06/07/02 11:38:19 ID:cjAjwocD
(´Д⊂2月から放置かここ

349 :(・ω・):06/07/19 08:58:38 ID:Mu+0GSkq
>348

ヒント:ネタ切れ。
ヒント:ヴァナ自体がもう終わる。
ヒント:このスレもヴァナも、もう秋田。

350 :(・ω・):06/07/19 18:18:56 ID:owPhmF9d
むしろ今北産業の弊害かも

351 :(・ω・):06/08/24 14:47:03 ID:6DSe78nz
いいから、上げれ


352 :(・ω・):06/08/26 09:30:54 ID:KRlSQjPo
>>270にもあるけどネタが浮かんだので投下

【射愚竜愛】(イーグルアイ)
今ははるか昔三国志の時代、蜀では劣勢の国力を補うため、
孔明によって密かな軍事訓練が行われていた。それは、毒入りの蜜柑を大量に調達して
敵方の食料に混ぜ、食中毒を引き起こさせるための隠密輸送作戦である。
この任務は、夜間でも飛ぶことが可能な子竜という生物に実行させるのが
最適とされ、戦いの緒徒に敵方に大ダメージを与えられることから、
「素羅倶緒徒」と命名された。
早速各地の山奥から小竜と山師が狩人として招集され、昼夜をいとわぬ猛訓練が行われた。
その訓練とは、蜜柑をくわえた小竜に模擬戦用の木の矢を乱れ撃ちするというもので、
闇に紛れて蜜柑を運び、発見された時を想定し、狩人が小竜に矢の雨を降り注ぐ...
それは蜀の軍事訓練の中で最も凄惨であると言い伝えられている。
そんな中、どれだけ訓練を行ってもどうしても一人前になりきれず、行動不能率ナンバー1の
馬苦須という愚鈍な小竜がいた。もしこのままのレベルが続くようでは、軍事作戦に出ても即死してしまう…
幼い頃から馬苦須の飼い主である竜騎士と輪苦句視得流が同じだった一人の心優しい狩人は、
馬苦須を故郷に戻す方法を模索していた。しかし、無情にも明日が出撃の日、
今日は総仕上げの訓練…このままでは明日にも馬苦須は戦死してしまう。
最後の訓練の日、思い悩んだ狩人が放った長弓の渾身の一撃は、
馬苦須を一撃で射止め、大けがを負わせることになった。
いかに木の矢といえど、傷ついた小竜を戦地に出撃させることはできない・・・司令官は、ここで
馬苦須を傷病兵扱いとして兵役から外し、彼の竜は故郷に戻ることができたのである。
こうして出撃前日に命を取り留めた馬苦須とその飼い主である竜騎士は、彼の狩人に並々ならぬ
恩義を感じ、いつまでも普連土でいつづけたという。
この一撃は伝説となり、その愚鈍な竜を射止める愛情から、「射愚竜愛」と呼ばれ、今でも
狩人伝来の一撃必殺の寸止め技として、好評なのだか不評なのだかわからない扱いを受けている。

明名書房刊「凡苦羅亜図に隠された秘密を暴け」 より

353 :(・ω・):(・ω・)
(・ω・)

354 :(・ω・):06/10/31 23:50:47 ID:t998VWFf
age

355 :(・ω・):07/02/21 08:20:34 ID:XrORXzfR
保守age

356 :(・ω・):07/02/23 16:38:46 ID:1nbn+bDq
昔、モスレにあった明名書房風にしたスコハネとかのコピペ誰か持ってないかな?

357 :(・ω・):07/04/27 08:30:28 ID:U4fAVMRJ
保守

358 :(・ω・):07/06/12 16:48:29 ID:VK1oprIG
age

359 :(・ω・):07/06/20 03:08:10 ID:JtvaMzBn
バフラウ段丘〜タンジャナ闘技場

戦士:やっとついたな・・・
???:遅かったな!!
暗黒:なっ!?誰もいないところから、声が・・・(サーチしたのに・・)
GM:奴等が貴様らの次の対戦相手だ!!
詩人:ぬぅ!奴等は・・・稀望林!!
忍者:し、知っているのか?詩人!!
赤魔:伝説でしか語られなかった稀望林がこの大会に参加していたとは・・

  稀望林(ケモリン)
古代より久炉(くろ)の里付近に恐るべき武闘集団があった。彼等は久炉人(くろうど)
とよばれ、彼らが修行する洞窟は久炉人の巣(現在ではなまって「くろうらのす」)
といい、その術は恐るべき速さで敵を殲滅したという。
卑弥呼女帝が崩御後の混乱期、久炉人達は朝廷に仕官を申し出たが、時の摂政であった
田那加非意(非意:摂政の意)は「何それ?wそんなの知らないしwww」と一蹴し
久炉人を弾圧した。
故郷を追われた彼等は深い森林に身を隠し、人々は彼らを望みがない人として「稀望(けも)」
と呼ぶようになり、彼らの里を「稀望林」と呼び、転じて「稀望」そのものを云うようになった。

余談であるが、小火事の事を「小火(ぼや)」というが、これは故郷を追われた稀望林の族長が
怒りのあまり火病にかかり倒れた場所が、募耶亜陀樹(ぼやーだじゅ)であった事からきできた
言葉であるというのは、あまり知られていない事実である。

  民明書房刊「図説 ソロ入門ABC」より抜粋

GM:さあ!存分に取り合うがよい!!
白魔:ふふっ私がいこう!
忍者:恐ろしい臼姫よ・・・久々に従者の数々をみせるか!  (以下略

360 :(・ω・):07/06/20 13:14:06 ID:j/SHldAT
民明書房版の白魔はきっと
罵煮首とか捕雄裏威とか碧鎖須斗雷駆とかで戦ったりするんだろうなw

361 :(・ω・):07/06/20 13:57:56 ID:LqtKeM3Z
読み仮名併記されていない「稀望林」を何度見ても
「きききりん」と読んでしまう自分を誰か助けてください。

362 :(・ω・):08/01/29 22:35:51 ID:Xt+fJRqG
PCスレから転載
640 名前:(・ω・) 投稿日:08/01/28 01:13:58 ID:5F8jG+n7
難脱帝(なんだってい)

古代中国は唐の時代、貴馬香具師(キバヤシ)という、
皇帝に献上する馬(UMA)の装飾具を作る職業の男がいた。
彼は皇帝の奴隷のような境遇に不満を持ち、一攫千金を夢見て、
伝説の未確認生物が自らの巣を金銀財宝で飾り上げているという
野巣・虎駄無巣(のす・とらだむす)伝説を信じて泰山の山深くに
仲間達と一緒に入っていった。
しかし、そもそも嘘臭い伝説であったためにたどり着けるはずも無く、
愚礼(ぐれい)な人間に襲われそうになったりするたびに、
「アナタは一体、何度私の前に立ちはだかるというのか・・・ 野巣虎駄無巣よ!」とつぶやいたという。
結局10年ほどの年月をかけても何も見つからなかったといい、
「おれたち(人類)は……何もかも…… 何もかも遅すぎたんだ…………」とつぶやいたり
「あきらめない!!それがオレたちにできる唯一の闘い方なんだよ!!」 と切れたりする
彼らに出会った付近の村人は、「自分らが勝手に騒いどいて何を言ってるんだ」と
笑笑会有(えむえむあある)と名づけて笑いものにしたと記録にある。
ちなみにこの話は難脱帝、すなわち「皇帝の徳を脱して(ミステリーを調査するのは)難しい」
という意味の説話で、MMRのナワヤたちが「何だってー(AA略」と叫ぶのは
「編集長あってのMMRだ」という意味もこめられている。

民明書房古代中国研究班MMR(Min-Mei Research)刊 『ここまで来ると、もはや 必 然 …』より


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(・ω・)

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